第19話 詩織と初めてデート②

 お洒落なカフェやブティックが立ち並ぶ小奇麗な街並み。等間隔に並んでいる街路樹のケヤキが目にも鮮やかな緑だ。この地区に入ると、この昼前の時間帯でもカップル層を中心ににぎわっている。


 詩織に先導されて進む。


 すれ違う男性と、さらに加えて女性陣の目も奪いながら、二人して進む。


 真っ直ぐで自分の意志で立って歩いているという後ろ見。それでいて年頃の女の子らしい服装に目を奪われる。


 カッコよくて、色っぽくもあるのだ。


 いつも見ている詩織の後ろ姿なのだが、今日の私服姿は制服の時とは別の新鮮な魅力にあふれている。


 港南シティガーデンが見えてきた。


 地上六十階建ての高層ビルと付属の高層ホテル。その根元に鎮座する巨艦の様な大規模なショッピングモール。オフィスと商業施設からなる複合施設だ。


 エントランスをくぐりショッピングモールに入る。中はかなり混雑していた。一階は、左右に女性服のファッション施設がずらっと並ぶ瀟洒な館内。若い女性から中年の夫婦、家族連れが姦しい。


 普段は土日とは言わず平日でも賑わいを見せている場所だが、日曜の本日は、格別に人が賑やかだった。


「ふーん」


 詩織がショーウィンドーに前で足を止めた。


 詩織の目線の先には、ガラス越しに、大人っぽくお洒落に着飾ったマネキンが立っている。


 詩織が値踏みするように服を見つめていた。


「ああいう大人の女性っぽい服も詩織に似合うと思うよ」


 俺が率直な感想を伝えると、詩織は目を服に向けたまま、少し主張する様な音だけを向けてきた。


「そうかしら? 陽キャが好きそうな服で正直気に入らないわ。今日はこんな格好だけど、郁斗と一緒にデートじゃなきゃ制服で済ませてたわ」


「普段の制服姿も悪くないけど、今日の服は……とても魅力的だと思う」


 詩織は笑みをこぼした。気恥ずかしかったが、ちょっと大胆に気持ちを伝えてみた。詩織嬢は満足してくれた様子。悪戯っぽく続けてくる。


「男って、こういう女の子女の子した服とかが好きなんでしょ? 郁斗が喜んでくれると思ったから頑張って着てみたの。昔は夜のコンビニにぼさぼさのジャージで出かけるだけだったから、回復した今でもちょっと気後れするわ」


 詩織の言葉は「また」よくわからなかった。夜のコンビニ、回復した今という言葉がやけに気にかかった。


「昔はぼさぼさだったの? 回復ってどういうこと?」


 突っ込む場面ではないと思ったがスルーできずに聞いてしまった。


「そうね……」


 詩織はもったいぶって一拍置いてきた。


「昔のネタは色々あるんだけど、郁斗にもいずれ教えてあげる。決定的な場面で。だから……」


「だから……?」


「期待しておいて」


 詩織がその「決定的な場面とやら」を思い描いている様に楽しそうな笑みを浮かべる。


 俺はなんと返答してよいのかわからずに……話を元に戻した。


「詩織……というか女の子って、ああやって着飾っているのを綺麗だとか褒められると、嬉しいの?」


「それは……」


 口ごもる。


 少し下を向いて、恥ずかしいという様子を見せた後、つぶやくように伝えてきた。


「正直に言うと……本気で褒めてくれたなら嬉しいわ。郁斗限定だけど」


「なら、詩織の今の格好……綺麗だよ」


「すぐに言う! ワザとらしいのよ!」


 詩織はぷいっとそっぽを向くが、まんざらでもないという様子。


「それより、興味が沸いたわ。中に入ってみましょ」


 俺の腕をいきなりむんずと掴んで、店内にずいずいと入ってゆく。落ち着いた木の壁に天井から降り注ぐ照明。壁と棚に、若い女性物のカーディガンやブラウス、ワンピースなどが並べられていた。


 詩織が、あれこれ服の品定めを始める。う~んと唸りながら、値段を見ることもなく、服を値踏みしている様子。次から次へと手に取り品を変え、値踏みが続く。


「どれがいいとかわかるの……」


「陰キャ歴十年の私にわかるわけないじゃない。黙ってて。気が散るわ」


 詩織は服に意識を集中しているという様子で、無下もなく返してくる。


 しばらく――時間が経過する。


 すると、親切そうな若い女性店員がゆるゆると近寄ってきて、マイルドな声を詩織にかけてきた。


「試着されますか?」


「いいですか?」


 詩織の返答に、店員がカーテンで仕切られた試着室に案内してくれた。詩織がピンクのワンピースを持って着替え室に入る。


 また――しばらく時が経ち。


 流石に待つのが辛くなってきたときに仕切りが空いて、ピンクのシンプルなワンピースを着た詩織が現れた。


 少女というより、女性と言った出で立ち。どこからゴムを取り出したのか、髪を首後ろで纏めて大人の艶を感じさせた。


「どう?」


 詩織が自信たっぷりに、加えると見せつける様に聞いてくる。少し背伸びをして大人の雰囲気を纏った詩織。また発見させられた新たな一面に、少し見とれてしまった。


 知らないうちに口内に溜まっていた唾液を飲み干す。


「いや……すごく似合ってる」


 嘘をつくことも出来ずに真っ正直に答えた。


「ふふっ」


 詩織が満足だと言う様子で、後ろ手に髪を掻き揚げる。


「お客様。大変似合っております」


いつの間にか横に来ていた女性店員がお勧めの言葉を発してきた。


「お客様でしたら、装飾の多い物よりこういったシンプルな物の方が引き立つかと思います。お連れ様もご満足いただけたようですし……いかがでしょうか?」


 その言葉に、俺は付いていた値札を見る。


 五桁台の値段が付いていた。


 如月家の家計ではちょっと……いや、かなりの高嶺の花だ。


「これ、買うの?」


 俺が聞く。


「郁斗の顔を見ていたら不覚にも買いたいと思ってしまったわ。陽キャ相手の商法って、油断がならないわ」


 詩織がじっとした強い視線で見つめてくる。デート用の資金は、沙夜ちゃんと彩音ちゃんにも許可を取って確保してあるのだが……


「詩織……代金、持ってる?」


「ネットのタイムセールに張り付いている私がこんな大金持っているわけないじゃない」


 詩織と、互いに含みのある視線が交錯する。


「これを払うのか……」


 ちょっと絶句する。


 見とれている場合じゃなかったと、思い直す。


 ――と、


「冗談よ」


 詩織が相貌をマイルドな物に変えて容赦を見せてくれた。


「流石に高校生の郁斗にこんな物を買えなんて言う程金銭感覚は麻痺してないから」


 ほっと胸をなでおろす。


 一応、この服を変えるだけの金銭は持ってきたが、後で沙夜ちゃんに何と言い訳してよいかはわからない。


「すいません。着替えます」


 詩織が言って、店員が残念そうな顔を見せた。


 服を返して、詩織は満足した様子で店を後にしたのであった。





 地下にやってきた。


 食品コーナーだ。


 時間も昼時になり、主婦層や女性陣でごった返している。


 ガラスケースが立ち並び、中に色とりどりの和洋中のお惣菜がこれでもかと自己主張している。


「ここ。夜に開いてる店もなくて、毎日コンビニ弁当だった時、ネット配信のデパ地下詣にはまったことがあって。一度来たいと思ってたの」


 夜に~毎日コンビニ弁当だった~と言った詩織に今度は質問しなかった。いずれ決定的な場面で俺にも教えてくれるという。だから、その時を待つ気持ちになったからかもしれない。


 その詩織は、言ったすぐさまその内の一つ。つまようじの刺さっているローストビーフの欠片を、ひょいぱくと口に入れた。もぐもぐと咀嚼する。


「悪くないわね」


 言い終わって飲み込む。のち、今度はミニハンバークをつまむ。


 雑踏の中、歩きながら次々に試食品を口にしてゆく詩織。「うん、これはいい」とか「ちょっと塩味が」とかノタマワりながら高級ホテルのビュッフェであるがごときの対応。


 後に着いていた俺を振り返って、ほらどう? という感じでミニパックを差し出してきた。


「このジャーマンポテト、結構いけるわよ」


 詩織は別段どうという事もなく、当たり前の行動という感じ。家庭生活の長い俺だったが、スーパーでの試食などは口にすることはあっても、わざわざショッピングモールのデパ地下にまで出向いて試食巡りをすることはなかった。


 もともと加工食品が高い場所なので、あまり近寄ることもなかったのだ。


「詩織さん……」


 ちょっと驚いてたずねてみる。


「そんな格好をしたお嬢様がデパ地下巡りとか、周囲の目とか気にならないの?」


「……ん?」


 詩織は里芋の煮物に手を伸ばしながら、悪びれるつもりもなく言い放ってくる。


「別に気にならないわ。犯罪を犯してるわけでもなし」


「でも年ごろの美少女がデパ地下詣とか、浮いてるでしょ」


「そんなこと言ってないで。お腹膨れないわよ。せっかく合法的にただで食事が出来るのだから、利用しない手はないじゃない」


 どんどんおかずに手を伸ばす。


「昼食はシティガーデンホテルのレストランの予定だったから、あまり食べると入らなくなるよ」


「いらないわ。ここでいい。お金もったいないし、陽キャっぽいこと嫌い」


「今日、せっかく沙夜ちゃんにも許可をとったお金使ってないから」


「別にお金使ってもらいたいってわけじゃないから。私は楽しいわ。昔は部屋で一人で食べるごはんだったけど、今日はここのコーナー、郁斗と一緒にきてすごく楽しい」


「せっかくのデートだから。レストランで一緒に食事してみるというのは?」


 俺は粘ってみた。


「そうね……」


 もぐもぐと口を動かしながら詩織は考える素振りをした。


「なら、少しだけ奢って」


 言った後、和菓子コーナーに向かって、大福もちをお土産に買った。


「これは、私が食べるんじゃなくて春菜へのプレゼント」


「春菜、ダイエット中だよ?」


「ふふっ。春菜を太らせてレースから脱落させようという深謀遠慮よ」


「なんのレース?」


「わからないの? ものすごく鈍いわね。あと、太らせてというのは嘘。たんに春菜の好物だから」


 満ち足りた様子の詩織と一緒に、俺は港南シティガーデンを後にしたのだった。

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