第23話 aburanaの部屋その2
春菜は、ベッドに仰向けになりながら、スマホを持っていないもう片方の手で顔を覆った。
「ブクマ」と「いくと」のNINEでのやり取りは楽しそうだった。
なぜかって?
だって、「ブクマ」=詩織は今日いくと君と一日一緒に過ごしてきたのだから。二人ともその熱が冷めやらない中での会話なのだろう。
もやもやする。
ネットでは何気ない会話の応酬をいつもながらにこなしていたのだが、それが終わると、心の中にあるドロリとしたものが大きくなって溢れてきそうになる。
これが嫉妬だとはわかっている。
いくと君が依然として『幼馴染』に執着していることは学園の言動からもわかっている。でも詩織はアプローチをやめないし、それに揺れて徐々に心を侵食されつつあるいくと君を実感しているのも事実だ。
鷹揚と『幼馴染』の地位にかまけている時期は過ぎていると思う。
顔を覆っても、目をつむっても、今日のいくと君と詩織のデートの場面を想像してしまって悶えている自分をどうしようもない。
春菜は、郁斗と一緒に出かけたことは何度もあるが、意識しての「デート」は今まで一度もない。そんな春菜と郁斗の関係をやすやすと超えてゆく、超積極的な詩織。
いくと君と詩織はどんな風に一緒に過ごしたのだろう。
いくと君は詩織にどんな笑顔を見せたのだろう。
その顔は自分の知らないいくと君かもしれない。
苦い。
辛い。
くるしい。
浮かんでくるいくと君と詩織の二人に押しつぶされそうになる。沸き起こってくる負の感情を押しつぶしきれない。
ダメだ、これじゃあ。
いくと君も、私も、そして詩織にとっても、いい未来じゃなくなっちゃう。
正直、いくと君と自分と詩織の関係をどう決着つけてよいのか、今はわからない。詩織の感情はわかるけど、自分の気持ちにも嘘はつけない。
自分は将来、いくと君と結ばれると信じて疑わなかった。いくと君の大学や就職がどうなるのかはわからないが、「もうしょうがないなーいくと君は(笑)」とかいいながら一緒になるのだと思っていた。
でも、詩織が現れた。予想していなかったが、いざ登場されると必然かな、とも思える。
いくと君と結ばれたい気持ちに揺らぎはない。でもその結果、詩織はどうなるのかと想像すると、心が暗雲に支配される。逆も同じことだ。
もし仮にいくと君が詩織と結ばれるようなことになったら、自分はいったいどうなってしまうのだろう?
正気でいられるだろうか?
その自信はない。
甘いのかもしれない。恋と戦争に手段は択ばなくていいって言う。
詩織のことを考えている場合じゃないのはよくわかっているんだけど、詩織を完全に敵だと思う事が出来ない自分がいることも認めなくちゃいけない。
だって、詩織は「ブクマ」として十年近くやり取りしてきた仲間だし、今となっては同じ学園で「グループ交際」しているリアルの友達でもあるのだ。親近感もあるし、もっと言うと愛情もある。
でも……
思考が堂々巡りする。
「ダメだ、これじゃあ」
今度は声に出した。
無性に、いくと君に会いたいという気持ちが沸き起こってきた。
そうだ。明日の朝、久しぶりにいくと君の家に迎えに行って驚かそう。そして一緒に前みたいに仲良く登校して、学園で詩織とも会って「おはよう」って言おう。
朝いくと君家に行っていくと君の顔を見れば、前みたいに一緒に歩けば、このもやもやもした気持ちもきっときれいさっぱりなくなって、晴れちゃうって思える。きっといい考えも浮かぶって思える。
うん。
春菜は顔から手の覆いを外した。
いくと君の気難しい親戚の人には申し訳ないけど、明日いくと君家に行こう。そう決めると、沈んでいた気持ちが浮かび上がってくる気がする。びっくりしたいくと君の顔が早く見たい、思いながらまた目をつむる。
今度はいやな絵じゃなくて、困っているいくと君の顔が浮かんだ。
気持ちよく眠れそうな気がしてきた春菜の夜なのであった。
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