第18話 詩織と初めてデート①

 そして翌日。デートの日になった。


 朝起きて、三人で遅い朝食。彩音ちゃんはこの時間でも自室でグーグーいびきをかいている。


 沙夜ちゃんが聞いてきた。


「お兄ちゃんと詩織お姉ちゃん。デートするの?」


「え? なんで沙夜ちゃん知ってるの!? つーか、デートじゃなくて一緒にお出かけだから!」


「それをデートっていうんだよ、お兄ちゃん」


 沙夜ちゃんに的確に突っ込まれてしまった。


「昨日、詩織お姉ちゃんのお出かけ服選ぶの手伝ったんだよ。詩織お姉ちゃん、男の人の好みがわからないからって沙夜を頼ってくれたんだよ」


「沙夜ちゃん。余計な事いわないでいいから」


 詩織は一言注意すると、自分の食事に戻る。今はパジャマ姿のいつもの詩織。詩織の私服姿はまともに見たことがない。いったいどんな格好を見せてくれるのだろうかと、少し怖くて少し期待して。三人で『ごちそうさま』をして食事を終えたのだった。





 俺は自室で着替える。ネットショップで以前外出用に買っておいた青のスラックスに同色のジャケット。シャツは白だ。特にどうということはない見姿だが、落ち着いた安心感がある。


 派手で目立つ服よりよっぽど自分に似合っていると思う。それを身に纏い、玄関にまで下りた。


 待つこと十分。詩織が階段から降りてきた。


 白のブラウスに同色のフレアスカート。ちょこんとピンクのベレー帽をかぶっている。肩から下げている赤く小さなポーチバッグがワンポイント。白い服とサラサラロングの黒髪の対比がとても印象的な女の子、楠木詩織嬢だった。


 いつものクールさを前面に押し出している制服姿とは全く違った印象だ。元がいいので、お嬢様の様な格好が別格に映える。正直に言って特大級の破壊力があった。


 詩織の装いにハートマークの心臓を射抜かれている自分を感じながら、落ち着けと言い聞かせる。


「春菜には許可を取ったわ。『楽しんでっ!』って言ってたわ」


「そうか。春菜は怒っていかなったか……」


 安堵と落胆を同時に感じながらも、意識は目の前の詩織に染められてゆく。


 詩織が脇にいる。着飾りたてたという印象はない。これが本物の詩織なんだと実感させられている。つーか、ものすごくドキドキする。


 いつもの学園生活は平気で、朝食時も平静を保っていられたのだが……詩織の晴れ姿を目の前にして鼓動が止まらない。女の子って力がある。男って哀しい生き物だな……と思わずにはいられない。


 と、詩織がこちらに気付いた様子を見せた。


「どうしたの?」


「ええと……」


「ええと?」


 詩織がわからないわという顔で俺の返答を促してくる。少し気恥ずかしかったが、詩織に素直な感想を伝えるのが礼儀だと思って口にした。


「服……すごく似合ってる。プリンセスみたいだ」


「そう? ありが……とう」


 詩織が恥ずかしくて同時に戸惑っているという顔を見せた。


「ZUZUタウンの通販なんだけど。外出して服買う事って今までなかったから。おかしな格好じゃないかなって、自分では自信がなくて。沙夜ちゃんは太鼓判を押してくれたんだけど」


「俺も保証する。ネット通販とか気にすることないって。正直、俺の恰好なんて見れたもんじゃないだろうけど、これが精一杯。詩織に肩身が狭い思いさせるんじゃないかって、申し訳なく思うが許してほしい」


「そんなこと、思わない。郁斗との『デート』、中学の時から夢に見てた。『この夜』とか読みながら」


 真摯で真っ直ぐな瞳で俺を見つめてくる詩織。嘘はない。中学の時というのはよくわからないが、本の中の主人公にあこがれたりしてたのだろう。


 詩織は、その言動からきつい性格だと知らない人には思われがちだが、夢見る乙女的な部分を隠し持っていることを俺はその付き合いからもうわかっているから。


「本当に……郁斗とデートなのね……」


 詩織はしみじみと噛みしめるような音を出す。


「デートというのは語弊がある……いや、もうデートでいいな、春菜の許可ももらったし」


「もう! 春菜の事はいいじゃない。私とのデートなのに他の女性の話をするのはデリカシーにかけるわ。チェック1、ね」


 詩織がわざと演技するように俺を叱る。俺もそうだなと詩織に同意して、今は背中を押してくれた春菜に感謝しつつ詩織とのデートに専念しようと自分に言い聞かせる。


 登校が別々なので、一緒に家を出るのは記憶にない。


 二人して『いってきます』と自室にいるだろう沙夜ちゃんに声をかけて外に出たのであった。





 自宅のある住宅地区を抜け、国道沿いを進む。詩織と並んでぎこちない足取りで進む。


 どうしても詩織を意識してしまう。


 普段の学園生活では何ともなかったのだが、これがデートというものなのか!?


 陽キャはこの様なイベントを普段着のようにこなしているらしい。俺も、そして外見は別格なのだが詩織も陽キャではない。陽キャおそるべしと思わずにはいられない。


 ――と、詩織が不意に腕を絡めてきた。


 え? っと驚いて隣の詩織を見る。


 詩織はふふっと悪戯っぽく笑って。


「昨日私の裸を見たのだから、少しサービスしてもらわないと、ね」


「いや、もう許してよ。不幸な事故だったんだって」


 返答しつつ、俺の腕に絡んでいる詩織の手に全神経が集中してしまうのがわかる。


「不幸なの? 私の裸を見た事が?」


「いや、不幸じゃなくて幸福。って、それは言っちゃあいけないんじゃないの? 詩織さん的に?」


「正直でよろしい。ご褒美にこのまま一緒に進んであげる」


 心が波打った状態の中、港南中央駅にたどり着く。南北通路を抜けて南口広場にやってきた。


 ふうと乱れた心を落ち着かせるように一息ついて、スマホを取り出して時間を確認。


 朝の十時を回ったところ。


 見回す。


 中央の噴水前のベンチに座ってスマートフォンをいじっている若い男性。他、カップルがちらほらと。その男性側が詩織を見て、相方の女性に叱られたりしている。


 そりゃあ見ちゃうよなと、男性に同情する。学園一の容姿と言われる詩織が、実はおしゃれが大得意の沙夜ちゃんの見立てで着飾っているのだ。


 別格の美人。お姫様。『幼馴染絶対主義者』の自負がある俺ですら直撃を受けている状況なのだ。男って女の子には絶対勝てない生き物なんじゃないかって思ってるところ、今。


 ここに至るまでも、俺は詩織に押されっぱなしなのだ。


 初見で、詩織のため息の出る様な美しい出で立ちに一本取られ。腕を絡めての一緒の徒歩に二本目を取られ。


 太刀打ちできない。


 女の子ってこんなに物凄いのかと、心の中で舌を巻いていた。


「あと……何か言うことは?」


 詩織が腰を前屈みにして上目遣いでどう? と容赦なく責め立ててくる。


「あ、あと……?」


 俺はその詩織にドギマギして上手く返答出来ない。


「い、いや、まだ何か、あるの……?」


 すると、詩織がわざとらしいむすっとした表情を見せたのち、ずずずいっと下から顔を近づけてきた。


 きめの細かい肌。薄っすらとピンク色の唇。前髪が綺麗な流れを作っている。


「あ。そうか! 少し、メイクしてるのか!」


 ふふっと詩織が嬉しそうに笑った。


「正解。薄化粧だけど、少しだけ。化粧なんて生まれてこの方縁がない事で馬鹿にしてたけど、デートだから頑張ってみたわ。これも沙夜ちゃんが教えてくれたの。どう?」


「いや……」


 気づかなかった! あらためて見てみると、確かに面立ちにメリハリがあるというか、いつもより引き付けられる! これで三本目! 確信した。俺だけじゃない。男って、女の子に絶対勝てない生き物だ。


 その詩織が、くるっと回って背中を向けた。


 再び、白いワンピースと流れるような黒髪のコントラストにダメージを受ける。


「行きましょう。もう港南シティガーデンが開いているわ」


 詩織が歩き出し、慌てて俺は後に続く。


「夜中に徘徊する人生で、昼間おしゃれな空間とか陽キャがっ! って思ってたんだけど、いざ自分がデートするとなると昂るものね」


 夜中に徘徊する人生~と言った詩織の言葉に「?」が浮かんだ。どういうことだろうと思う。以前から、詩織のセリフには疑問点が多い。ええと……と聞きかけたが、気分がいいという調子の詩織に流されて、そのまま南口広場から商業地区に入った。

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