第4話 昼休みの非常勤教師

「きたわね」


 昼休み。古文準備室に入ると、椅子に座ってゴージャスな脚を組んでいた北条先生が一言。


 そして優雅に立ち上がり俺の前にまで来て……


 いきなり俺に縋り付いてきた。


「郁斗君! 古文がねっ! 来週の授業で教える御伽草子の現代語訳がわからないのっ! 助けて、郁斗くーーーーーーんっ!」


 涙目で俺にしがみついてくる北条……彩音ちゃん。


「はいはい。ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」


 俺は彩音ちゃんをあやして、机に座らせる。


「って彩音ちゃん。大学も卒業して一応今は非常勤とはいえ古文教師でしょ? 御伽草子は易しいのになんでわからないの?」


「わからないものはわからないのーーーーーーっ!!」


 ううっと、ぐしゅぐしゅと鼻をすする。


「御伽草子って昔のラノベみたいなもんだよ」


「ラノベ読まないから。本読むのあまり好きじゃないのーーーーーー」


「それがなんで古文教師になろうなんて思ったの?」


「古文教師ってなりたい人が少なくて、何となく楽そうに見えたから?」


「自分でもよくわかってないんですかっ!」


 俺はブレザーの胸ポケットからハンカチを取り出し、彩音ちゃんの顔をふく。


「課題はやってきた?」


「昨日は……いいお酒が手に入って、飲んでたら気分が良くなって寝ちゃって、てへっ」


「てへっじゃない! 朝家で遅くまで寝てただろ。よく学校間に合ったな」


「そこは彩音ちゃん奥義というとこで」


「朝食わないでテキトーに身づくろいして飛び出してきた……と?」


「てへっ」


「てへっ、じゃない!」


 この北条彩音先生こそ、実は俺の義理の姉。一緒に登校した中等部一年の北条沙夜ちゃんの実の姉。つまり今の俺の同居人その人なのであった。


 朝が弱く、夜が強い。というか、朝は全く起きてこない。学園で授業のある日はいつも、叩き起こして身なりを整えさせてから出立させていた。しかしあまりにも改善がないので最近はあきれ果ててそのままにしているのだが、何故か授業にはピシッとした姿で現れる。


 謎だ!


 思いながら、古語を解説してゆく俺に対して彩音ちゃんが疑問の声を投げかけてきた。


「なんで郁斗君はその年で数学も物理も古文もよくわかるの?」


「簡単でしょ、あんなの。決められた範囲の与えられた問題を解くだけ。出来ない方がどうかしている」


「そっかー。そういう考え方もあるんだねー。確かに郁斗君、物凄く勉強してるもんね。私なんて高校の時には偏差値三十でもなんも気にしないで遊んでたけど」


「遊んでると、楽しい事が実現しないからな」


 言った俺に、彩音ちゃんがふーんと納得しているんだかしていないんだがわからないという相槌を打つ。


 俺には幼馴染と結ばれるという目標がある。その為には勉強して学歴を付けなければならない。現状、俺の成績が学年一なのは幼馴染と結ばれたいという夢があるからだ。


「早く正式な教師に採用されて大金稼いで楽に暮らすのー。郁斗くん。私のこと……もらってくれない?(ハート)」


 教え子の彩音ちゃんが媚びを売るような視線を送ってきた。


「ダメ。あと、教員は楽な仕事ではないし給与そんなに高くないです。ちゃっちゃと課題やる!」


「うええええーーーーーーんっ!」


 彩音ちゃんが子供の様に声を上げる。


 全く、クラスの授業ではあれほど凛とした出来る女風なのに、正体はこれだから世の中はわからない。学園の生徒と教師全員、彩音ちゃんにあざむかれている。そういう意味では、彩音ちゃんは実は物凄い切れ者というか、剛の者なのかもしれない。


 そんなことを思いつつ……


 昼食の時間が無くなるので、てきぱきと彩音ちゃんに指示を出して古文準備室を後にする俺なのであった。

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