第3話 幼馴染と担任教師
教室にたどり着いて、自分の席に鞄を置く。
授業前のクラスは半数ほどが既に登校しており、三々五々に分かれての会話がわいわいと賑わしい。
俺は椅子に腰を落ち着けて、鞄から取り出した高校三年生の教科書を開く。そのタイミングを見越した様子で、幼稚園以来の幼馴染の
陽キャギャル……というにはちょっと派手さが足りないだろう。女の子っぽいブラウンショートヘアーが良く似合っている、今風の朗らかで明るい女の子(JK)。
背は平均値。でもちゃんと出るところが出てて引っ込んでるところが引っ込んでる、思春期の魅力にあふれた女子生徒だ。
その春菜が、にこっと俺に向けて微笑んでくる。
「いくと君、また三年の教科書で勉強してる。ガンバッってるのはいいんだけど、一度しかない青春を楽しむのもいいと思うよ」
「春菜に言われると無性に頑張りたくなるんだよ」
「そっかー。逆効果だったかもね。そんなに幼馴染じゃないとダメなの?」
「ああ。『幼馴染』というのは至高の存在だ。何というか、光り輝く物だ」
「幼馴染以外の娘じゃ、ダメなの?」
「ダメ。春菜は『幼馴染』だから俺が昔不登校になった時にも見捨てないで付き合ってくれただろ。あのころ春菜が言ってたもんな。『単なる幼馴染のよしみ』だからって」
「まあ……そうだったね」
と、春菜は少しだけ惑っている様な思い返している様な複雑な表情を見せる。
「そしていい大学はいって、いい会社に就職して幼馴染には苦労かけないようにする」
「本当に幼馴染想いなんだよね、いくと君は。いくと君、幼馴染の為にすごく勉強がんばってるもんね」
春菜が認めてくれたところで、俺はパタンと本を閉じて立ち上がり、襟を正す。
その春菜に正面から正対して、言い放つ。
「春菜。俺と結婚を前提に付き合ってくれ」
「何回目の告白?」
「百二十三度目」
「うーん。いくと君のこと、ぜんぜん嫌いじゃないんだけど。でも彼氏彼女の関係となるとちょっと戸惑って。いまの友達関係が気に入っていて……。すごく困ったなーっていつも思う」
「お願いします」
俺は腰を四十五度に曲げて握手の為の腕を伸ばした。
「ええと」
春菜はえへっと、女の子らしく可愛く笑う。
「駅前に新しいカフェが出来たんだけど、そこのパフェが女子の間で話題なの。一週間ダイエットしたからご褒美が欲しいなって思ってたところ」
「おごらせていただきます」
俺が腰を正してから即答すると、春菜は顔をほころばせて「にこっ」と明るい笑顔を見せてくれた。
「なら返事は保留。百二十四度目のアタックのとき、また考えることにするね(ハート)」
ずきんと俺の心を射抜く春菜スマイル。
その笑みに癒しと興奮を感じながらも、いつもながら春菜は手強いと感じざるを得ない。
春菜はクラスでも学園でもとても人気がある。誰にでも分け隔てなく接するし、何よりその明るく朗らかな人柄が魅力だ。みんなに好かれている、陽キャど真ん中の女の子だと言い切って構わないと思う。
その春菜が、俺の事は嫌いじゃないとのたまう。その春菜の言葉は本当だと思う。好意的なモノがあるから、こうして授業前の教室で俺のところにまでやってきて構ってくれるのだ。
だが俺が告白しても素直に「うん」とはOKはしてくれない。春菜にとって俺が『幼馴染』以上の大切な存在にはなっていないからなのだろうと推測する。
はっきりと「ごめんなさい」と断られないだけ脈があるとも言えるのだが……俺にとっては生かさず殺さずの生殺し的な状態なのは何とかしたい。
やはり、いい大学入っていい会社に就職して、自分のレベルを上げてからのアタックが現実的解決方法なのだろう。中学になって不登校から回復してから百回以上告白してもOKをもらえないのだが、拒否されてないのだから見込みはあると自分に言い聞かせる。
俺の事を救ってくれた『幼馴染』という属性は、光輝くものだと思う。
俺にとって『幼馴染』という概念は『母』や『親』という観念を越えるほどの存在なのだ。
なんとかその『幼馴染』と結ばれたくて結ばれたくて、俺は人生を賭けて努力すると心に誓ったのだ。
「難儀だね、いくと君も」
春菜の一言が耳に届いて、俺を現実に引き戻す。
「でもいくと君に告白されると、私もちゃんとドキドキして揺れるから、ガンバって私にアタック続けてくれると嬉しいな(にこっ)」
――っと、罪作りな微笑みを浮かべて去ってゆく、悪魔の様な天使の様な幼馴染美少女の春菜ちゃんなのであった。
そして、がらりと教室前方の扉が開く。
一時間目の古文教師が入ってきた。
大人っぽいブラウンのロングウェービーヘアと、ビシッと決まったスーツ姿が、やり手のビジネスウーマンを連想させる。
強気の面立ちで、生徒に対しても堂々とした態度。その媚びない姿勢が恋人いない(という噂の)理由なのではないかとも思うのだが、生徒想いの人望の厚い女性であった。
わらわらと生徒たちが椅子に着席し、北条先生が、
「授業を始めます」
と宣言をして一時間目の古文が開始された。
そしてつつがなく終齢と共に授業が終わりをつげ、北条先生は去り際に「如月、昼休みは準備室でな」と言い捨てて去ってゆく。
この後の展開を思うと少しだけ憂鬱というか残念な気持ちになったが、その俺を呼び出すセリフに反応する生徒もなく、わいわいとした休み時間に突入する二年二組なのであった。
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