第2話 夢から始まる朝


 夢。


 夢を見ていた。


 小学校五年生の俺は大粒の雨が降りしきる中、『その日初めて出逢った』女の子と二人だけで、どこにでもある様な小さな公園で遊んでいる。


 ブランコでどちらが大きくこげるか競争して。びしゃびしゃの滑り台から二人同時にもつれて転がり落ちるのを楽しんで。砂場で顔も身体も泥だらけになってはしゃいで。


 その短い髪の、男の子の様な女の子と、服から水が滴り落ちるくらいずぶ濡れになって飛び回っていた。


 楽しくて楽しくて。


 降り注ぐ雨なんてまったく気にしないで、時間が経つのも忘れて。


 空が黒く変わるまで遊びまわって。


 そしてその女の子との『一日だけの逢瀬』が終わる。


 それが誰だったのかは結局わからずじまい。あの時のことは今でも鮮明な想い出なのに、その子の顔だけがぼんやりしている。その時の印象がやけに心の奥底に残っていて、たまにその子の夢を見る……



 ◇◇◇◇◇◇



 りいいいんんんんんんんんんんーーーーーーーー!!


 目覚ましにたたき起こされて、ベッドから飛び起きた。


 時計を見ると、朝の七時を過ぎている。


 伸びをしてからカーテンを開けると、新緑の季節の陽光が眩しく差し込んできた。


 うん。今日も快晴。


 一日頑張ろう。


 部屋から出て階段を降り、一階の洗面所で歯磨きと洗顔をする。


 台所に入り、テレビを付けた後にキッチンで朝食を作り始める。


 食パンにハムエッグに野菜サラダとコーヒー付き。


 バランスの良い朝食をきちんと食べるというのは、活力ある一日を過ごす基礎になると日頃から自分に諭している俺であるし、自分の遠大な目標――『幼馴染と結ばれる』――という目標を達成するには不可欠な事だとも理解している。


 あと、同居人の彩音ちゃんと沙夜ちゃんにも健康に過ごしてもらいたいという願いがある。


 テーブルに三人分の皿とマグカップを並べた所で、ウサギさん柄のパジャマ姿の沙夜ちゃんが目を擦りながらダイニングに入ってきた。


「沙夜ちゃん。お姉さんは?」


「まだ寝てますぅ」


「仕事……遅れるぞ。あれでよく務まってるよな」


 沙夜ちゃんはそれには答えずに、テーブルの自分の席にすとんと座る。


「お兄ちゃんの朝ごはん、今日も美味しそう」


 えへへ、と顔を崩す沙夜ちゃん――北条沙夜ほうじょうさや十三歳。甘えたがりのポニーテイル少女は、その可愛らしい容貌からよく小学生に間違われるのだが、これでも立派な市立彩雲学園の中等部一年生だ。ちなみに俺は高等部二年生。


 俺とは血のつながっていない義理の妹で、俺の父親のお相手さんの連れ子さん。一年前からこの家で同居している間柄である。


 俺も椅子に座る。沙夜ちゃんと二人で諸々感謝して『いただきます』。


 食べ始めたところで、沙夜ちゃんが会話を振ってきた。


「お兄ちゃん。家に一人同居人さんが増えるみたいー。お義父さんの知人さんの知人さんのそのまた知人さんの……紹介らしいっぽい」


「親父の?」


 大学の考古学者の父親は現在、カフェテリアで恋に落ちた物理学教授の妻と長期の海外旅行中(ハネムーン)。母親の物理学教授は、論文等の事があり、苗字を変えたくないとの理由で事実婚を選んだという猛者でもある。


 だが当事者二人も沙夜ちゃんも俺も、そんな事は気にしておらず、アットホームな家族関係を築けているので何の問題もない。『家庭内』では。


「同居人? 勝手な事を。俺はいいんだが、沙夜ちゃんやもうひとり……に迷惑がかかるかもとか考えんのかな?」


「でもー。この家、お義父さんの家だしー。お母さんとお義父さんに生活費出してもらってるからー。いやな人でも沙夜は気にしないよ」


 もぐもぐと食パンをかじりながら、マグカップのコーヒーをちびちびすする沙夜ちゃん。小動物を見ている様で、可愛らしくて微笑ましい。


 寝ているもうひとりの同居人、義理の姉が起きてこないのは毎度の事なので放っておいて、沙夜ちゃんと二人で学園御用達の青のブレザーに着替えて家を出る。


 国道沿いを進み、昔よく遊んだ「ききょう公園」脇を直角に曲がる。緑豊かな港南中央緑地脇のスロープを昇り、丘上の学園にたどり着く。


 昇降口で沙夜ちゃんと「またね」と別れて、俺の教室、二年二組へと足を進めるのであった。

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