第5話 詩織、再び①
厚生棟一階の食堂で昼食を終わらせて教室に戻ってくると、クラス内が何やらざわざわと落ち着いていない。
見ると、俺の机脇に三組の楠木詩織嬢が立っていた。
三日前、放課後の教室で告白してきた、学園一のクールビューティだ。
むろん、その時は俺と詩織の二人だけ。俺が詩織を袖にしたことは誰も知らないし、詩織が俺に告白したなんて誰も想像しないだろう。その証拠に、NINEのグループチャットで毎日学園のゴシップを話している陽キャ連中も、俺と詩織のことを話題にすることがない。
確かに俺は学年一の成績なのだが、この緩やかな校風が持ち味の学び舎では勉強が出来ることはあまり重要視されていない。この学園の思春期の生徒たちには、それよりも世間の流行りとかお洒落とか……気になる生徒間の関係などが重要事項なのであった。
だから、俺はこの学園ではそんなに地位は高くない。そりゃあ有名ではあるが、「ああ。あの幼馴染さんにアタックし続けてる勉強だけできる残念な生徒ね」で終わってしまう。
対して学園一の容姿を誇る詩織嬢。その孤高というか、男子を相手にしない態度が逆に本人を引き立てて、アタックして玉砕する生徒が後を絶たない超絶高嶺の花だ。
その詩織自らが……俺、つまり男子生徒に対して、
「如月君。用事があるの。これからいいかしら?」
丁寧な中にも柔らかさのある抑揚で俺に語りかけてきたのだ。
ざわっと教室中が波打った。
女生徒達の興味の目線と、あちこちから飛んでくる男子生徒の敵意の視線が混ざり合って、クラス内は何とも落ち着かない一種のカオティックな混乱状態に陥った。
「五時間目が始まるんですが」
俺は平静を装って詩織に答える。ただでさえ注目の的の詩織。三組からこの二組にまで入り込んできて俺に声をかけてくる真意がわからない。
三日前に、確かに俺は詩織に対して「ごめん」と返答した。もし詩織が見た目通りのプライド高いクール嬢なら、俺ごときが告白を断った事に対して気分を害していてもおかしくはない。しかし今の落ち着いた、好意すら感じさせるような誘い。
そもそもこの詩織嬢が何故俺ごときにラブレターを送ってまで告白してきたのかが皆目理解できない。
「私の五時間目は自習だから」
詩織の綺麗なメゾソプラノが返ってきた。
「そう、ですか……」
俺の都合よりも自分の都合を優先させる様は、確かに学園一の雲上人なのだが。
――と、
俺の幼馴染の春菜が「なになに?」と興味深そうに寄ってきて、ちょっと春菜っ! と俺は思わず声を出しそうになった。
俺と春菜の間柄は全校生徒の周知の事実だ。俺が春菜に何度も告白してOKをもらえないのも、今となってはご愛敬となっている。だから俺の傍に春菜が寄ってくるのは、さほどヘイトの対象とはならないのだ。
しかしこの場面に詩織がいるとなると問題は複雑化してくる。ただでさえ詩織の登場で混乱している場面に拍車をかけることになりかねない。
春菜も春菜で、俺の事なんか実の兄妹同然にわかっているだろうから、空気を読んで様子を見ていてくれればいいのにと思ってしまう。
詩織に対しても躊躇がないというか、この状況で俺と詩織の所に寄ってくる所が、流石に学園で確固とした地位を築いている春菜だと思わせる。
というか、そういう人を区別差別しない春菜だからこそ学園内で誰にでも好かれる人気者の地位を得ているのだが。
俺はその春菜の挙動に困惑を隠せないまま、やってきた春菜を放置するわけにもいかずに詩織に対して紹介する。
「この娘は俺の……幼馴染の芳野春菜さん。はっきりいってわかりやすくていい娘さんだから」
詩織が春菜を見た。
まず視線が春菜に当たって、それからゆっくりと顔が動く。でもその表情に不快だという色は見られない。
俺は詩織に、『幼馴染がいい』とはっきりと口にして断っている。だから、詩織は春菜を快く思わないだろうという気もするのだが、詩織が春菜を見つめる目は存在する事実を認識するという色合いだ。
「そう。この娘が……『幼馴染』の春菜さん、ね」
相手をはっきりと確認するという、詩織の春菜を見つめる目線と声音。
その詩織に見つめられた春菜は、詩織と俺を交互に見比べたのち、親が子供をたしなめるような抑揚を口にしてきた。
「いくと君。この生徒さん……楠木さんになにかしたの?」
その目が心持ち怖い。
「この学園には転入してまだ六日だけど、私のこと知っているのね、芳野さん」
「ええ。楠木さんはもう有名人ですから。この学園では」
そう……、と詩織は短く答える。のち、一拍置いていきなり言い放ってきた。
「私……三日前に如月君に告白したの」
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