第6話 詩織、再び②

「私……三日前に如月君に告白したの」


 詩織はいきなり言い放ってきて――


 !!!!!!


 ダメッ!


 それ言っちゃダメッ!!


 俺が反応する前に、室内がどよめいた。


 それほど大きな声で会話しているわけではない。だが俺たちはクラス内の注目を一身に浴びていて、クラスメートたちもひそひそと会話をしながら耳をそばだてている状況だ。


 どうするんだ、これ?


 いや、俺は幼馴染絶対主義者だから揺るがないのだが、激しい渦潮の中に放り込まれるのは本意ではない。黙々と。ただ黙々と幼馴染との未来を目指して邁進したいのだ。


 だがこの状況。


 詩織がバラしてしまった。


 詩織に悪意はないのはわかるのだが、詩織に告白されたということが俺と春菜の一応は安定している関係に波をもたらしそうで、それがちょっと怖い。


 というか、春菜、少しはヘソを曲げてくれるかな?


 それともなんとも思わないで、なんで断ったの、とか言ってくるかな?


 俺的には、春菜が少しでも嫉妬的なものを見せてくれれば、ああ脈はあるんだなぁと希望が持てる展開なのだが。


「マジ……ですか!?」


 春菜の反応は、素直に驚いているというものだった。


「マジよ。で、振られたわ。幼馴染がいいって理由で」


「そう……ですか。すいません。ごめんなさい。私、どう言ったらいいか……わからないんですけど……」


 春菜はなんともバツが悪いというか、申し訳なさそうな表情。確かに春菜の立場なら、自分が交際をOKしない男がフッた女性……に合わせる顔はないのだろう。


 心中では、なんで詩織さんの事ソデにしたのっ! とか思ってて怒ってそう。それは春菜にアプロ―チを続けている俺からすると、何とも言えず残念な春菜の心情なのだが。


 でも春菜から、詩織に「ごめんなさい」した俺に対する不満不平怒り等の感情は漏れてこない。いつも「青春したらいいと思うよ」と俺に言ってくる春菜なのだが、俺と詩織をくっつけようとする意志を感じない。


 むしろ、詩織に対するごめんねという謝る感情と、それと一緒に一種の安堵を感じさせる面持ち。


 なぜですか春菜さん? と思っている俺の前で、春菜と詩織の会話が続けられる。


「で、告白を断られたフォロー的な用事があって、如月君を呼び出しに来たの」


 春菜にあてている視線はそのままに、クールな声音はあくまで崩さない。


 春菜が、何か言いたそうな感じで、じーっと詩織を見つめる。


「なにか?」


 詩織が、その春菜の目線に疑問を感じたのか、短く返した。


「私も……ついていっていいですか?」


 春菜の言葉は、ちょっと予想していないものだった。というか、これから詩織と何かコミュニケーション的なものがあるとたら、アットホームで居心地の良い会話になるとは限らない。そこに首を突っ込もうとする春菜。


 興味本位の下世話な好奇心じゃないと、長年の付き合いから俺にはわかる。おそらく、春菜的な俺に対する心配とか、なんとか穏便に収めたい的な思いがあるのだろう。


 俺のアプローチを受け流しながらもなんやかんやと構ってくれるその様は、むかし俺が不登校になったときに『幼馴染だから』と献身的とも思えるほど世話を焼いてくれたあの頃を思い起こさせていた。


「春菜さん。少し空気を読んで」


 詩織が反応した。しかし、春菜が引き下がる様子はない。


「でもでも。私、いくと君の十年来の幼馴染ってゆーか、保護者みたいなもので。私が知らない間にそんなことになってるわけでもあるし。いくと君の事はもちろん心配だし、楠木さんにも変な思いしてほしくないし。もっと言うと、いくと君がさらに何かしでかすんじゃないかって所が、ものすごく気になる……かなーって」


「………………」


 詩織が、春菜に向けている視線はそのままに押し黙る。


 春菜は、じーっとねだるようなまなこで詩織を離さない。


 詩織が、ふうと息をついた。


「まあいいわ、それでも。だけど、私と如月君の邪魔はしないでね。言っても無理だとは分かっているけど一応」


 そして、「如月君」と詩織が俺に呼びかける。というか、俺の意志に関わらず既にこの先のルートは決まっているという、意志の表れ、命令に近い。


 再び騒めく教室を後にして、俺と春菜は詩織の後に続くように廊下に出て歩き始めるのであった。

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