第7話 グループ交際
詩織と連れ立って、三人で厚生棟二階のカフェテリアに入る。
もう午後の授業が始まるというこの時間、広めのファミリーレストラン程の室内に人はいない。
俺と詩織はアイスコーヒー、春菜はアイスティーを注文してから一番奥の四人掛けのテーブルに座った。
詩織が一口、グラスに口をつける。無駄のない所作。でもその容姿とあいまって、目を引き付ける優雅さというか優美さがある。
そして吐息を挟んで、話が始まった。
「如月君。私は貴方と『まず』は『友人』になりたいの」
「「「友人?」」ですか?」
俺と春菜の反応がハモった。
「そう、友人。友達。これは残念な話なんだけど……」
詩織が両手を交差させ、その上に顎を乗せてから話を続ける。
「私、クラスにあまり馴染めてなくて。私の外見に釣られて寄ってくる男子はいくらでもいても友達はいなくて。だから、気さくな話し相手が欲しかったの」
どうかしら? という面持ちで俺を見つめてくる詩織。
俺は、自分の過去を思い出していた。
小学校高学年の頃、不登校になっていた過去。きっかけは些細な事で、父子家庭の俺をクラスの人気者がからかった事。それから虐めが始まって、俺は学校へ行かない引きこもりになってしまった。そのとき『幼馴染だからね』となんやかんや世話を焼いてくれたのが今隣に座っている春菜だった。
学校のプリント持ってきてくれたり、毎日長時間の遊び相手(ゲーム等)になってくれたり。それは春菜ならではの心遣いで、不登校を咎めたり無理やり登校を勧めるよりも俺に寄り添うのがいいという判断だったのが、今の俺にはよくわかる。
だから、「別にいくと君のこと好きとかじゃなくて『幼馴染』だから!」と言っていた春菜に感謝してもしきれない想いが俺にはある。
それが俺が幼馴染絶対主義になった理由で、今は回復してがむしゃらに『幼馴染』との未来を夢見て突っ走っている。
「どう? 如月君に私と『とりあえずの友人』になって欲しいの」
だから詩織の申し出を無下にできないと思う俺がいるのは自然な事だった。
「それから……エピソードを積み重ね、徐々に如月君の心を侵食して、究極的には私の良さを如月君にはっきりと理解させて私を振ったことを取り消す未来にまで……というのが本当の目的」
がくっと俺は崩れ落ちた。
「楠木さん! それをいっちゃあ、いい話が台無しでしょ!」
「いいのよ。別に隠す意味はないわ。私の真意を如月君と『幼馴染さん』に伝えておきたいの」
「楠木さん……俺のこと、まだあきらめてないんですね」
「それは当然。私にも積み重ねてきた気持があるから」
俺は、いい話だと思っていた頭を切り替えて悩み始める。現在、俺が学園で親しくしている女生徒は春菜以外にはいない。詩織の事も無下にはしたくない。したくはないのだが、クラスに馴染めずという話が実は下心があって……という方向性がなんとも言えずすっきりしないところではある。
幼馴染の春菜に毎日アプローチしている俺が、友人とはいえ俺に対する好意を口にしている女友達を作るのに抵抗があった。春菜はどう思うだろうか? 春菜はどう感じるだろうか?
「どうかしら? 私を助けると思ってまずは最初に『友達』になってくれない?」
「うーん」
俺は腕組みをして天を仰いだ。それから隣の春菜を見る。うんうん、わかるわかるという納得顔で頷いている。
たとえ下心があっても詩織の助けにはなりたい。詩織について見聞きしている情報から、クラスに馴染めないというのは本当の事だと思う。しかし、俺を狙っていると宣言している女子を受け入れるというのは、春菜に対する裏切りにならないだろうか?
――と、その春菜が俺に顔を向けてきた。
「いいと思うわ。いくと君、楠木さんの友達になってあげて」
春菜の後押しに、俺の心がピクリと震えた。
「え? いいのか? つーか、俺が他の女の子と親しくなるのを全く気にしない言いようが、地味に堪えるんだが」
「大丈夫大丈夫。詩織さんはいくと君と御近づきにもなりたいという希望なんだけど、私はいくと君の保護者でいくと君が悪さをしないように見張る義務も負っているから……この際三人でグループ交際という提案!」
「!」
なるほどと、俺はうなった。その手があったか。この春菜は、容姿言動ともにけっこうアットホームというか軽いように見られがちだが、かなり深謀遠慮をしていることを俺は小さいころから思い知らされているのだ。
「芳野さんも一緒……なのね。それは想定していなかったけど……。いいわ、その提案で。芳野さんは打ち破るべき障害だけど、私は芳野さんのことを嫌っているわけではないから」
詩織は春菜のことを障害だと認めているのだが嫌ってはいないという。詩織は春菜のことをさほど詳しくは知らないはずなのだが。詩織の春菜の事はよくわかっているという感じの言葉がどこからでてきたのか? 詩織の真意が、つかめない。
「でも」
詩織は、落ち着いた様子で言葉を付け加える。
「最後の最後には如月君と私が結ばれて……というゴールよ、芳野さん」
「はっきりと言いますね。隠さずに」
「貴女に隠す意味がないわ。私は如月君と最終的に結ばれたいの。でも今すぐは無理なので、とりあえず『友人関係』から」
詩織がさらに一口、アイスコーヒーを綺麗な仕草で含む。
「あまり堅苦しく考えてもらわなくていいわ。まずは仲のよい友人関係からと思っているから。芳野さんともね」
「決まりね!」
春菜が、一件落着という声音で破顔した。
「まあ、春菜と楠木さんがそれでいいなら、俺も構わない。ただ、俺と楠木さんが……その……親しい男女関係になるというのは、期待してほしくない。俺、幼馴染絶対主義者だから」
「それも、私の出逢い色で塗り直してあげる。期待しておいて」
ふふっと不敵な笑みを見せて詩織が立ち上がる。
アイスコーヒーはまだ半分以上残っているのだが、用事は澄んだという事なのだろう。
「放課後は一緒に帰りましょう。迎えに行くからクラスに残っていて。港南市に引っ越してきて住むことになった家は、如月君の『よく知っている場所』だから」
言い終わると、飲み残しのグラスを持って去ってゆく詩織。
相変わらずの高雅な後ろ見、印象的な黒髪なのであった。
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