第8話 三人で一緒の下校

 六時間目の授業が終わって、クラスが途端に騒がしくなった後。すぐに詩織が二組にやってきた。


 当然、昼休みの事もあってクラス内の注目を集める。しかし楠木譲は気にする素振りもない。


 学園で人気のある春菜に、周囲の見る目もなんのそのでちょっかいをかけ続けている俺ですら、多少は世間体を気にする部分はある。しかしこの楠木譲。自分の容姿が抜け出ている、存在だけで目立つ事を気に留める様子もなく、行動する。


 確かにこれではクラス内でも浮いた存在になってしまうだろう。男子は、詩織の姿を見るだけで楽しめるというグラビア的な価値を認めるから、高嶺の花のクールビューティーで落ち着くかもしれないが、女子連中には嫉妬の対象、ウザがられて煙たがられるのは想像に難くない。


「来たわ」


 二組の中心に躊躇する様子もなく入り込んで俺の席で止まる詩織。春菜もやってきて、帰ろ帰ろと相槌を打つ。


 詩織も馬鹿ではないのだろうから、周囲の喧騒を無視した挙動は覚悟したスタイルなのだろう。俺がとやかく言う筋合いはないし、詩織の事をさして知らない俺が何か言うのは思い上がりというものだ。そんなことを考えながら、教室の注目の中、廊下に出て昇降口に進んだ。





 丘上の学園から緩やかなスロープを下り、ききょう公園脇を折れて国道沿いを進む。


 住宅地区に入り込み、分譲建てが立ち並ぶ道を三人で進む。


「楠木さんって、転入したばかりですよね。学園で困った事とかないですか?」


 春菜は先ほどから詩織に話しかけている。躊躇は感じられない。言葉遣いはまだ丁寧語なのだが、もっと距離を詰めたい、仲の良い友人関係になりたいという雰囲気がありありと感じられる。


「困った事? そうね。求めてもいないのに声をかけてくる男子連中がウザいわ」


 うっとおしいハエねという様の辛辣な抑揚で返答する詩織。春菜が、あはは……と愛想笑いをしながら応答する。


「確かに、そうかもですね。楠木さん、難攻不落という噂ですもんね。もう何人かに告白されたんですか?」


「いちいち覚えていないけど、十人以上かしら」


 噂が本当であることが、本人から証明された形になった。


「私もけっこう男の子から告白されたりもするんですけど、断るのに困るというか、申し訳ないというか、困っちゃいますよね」


「どうして困るの? こちらにはこちらの都合、気持ちがあるのだし、余計な気を持たせる事になるのはいい事ないわ。はっきりと断るのがベストよ」


「いや、そうなんですけど」


 春菜と詩織の会話が弾んでいる……のか? とにかく、俺には関係ないというか、混ざれない話なので二人の徒歩に合わせて一緒に進んでいる。でも……それならこちらの都合で詩織を断っている俺の気持ちはどうなんだろう、とも思ったが、言わない方が安全なので口にはしない。


 そして会話のキャッチボールがしばらく続いたが……これは春菜のペースと言っていいと思う。春菜の長所でもある。相手の心の壁をやすやすと上って入り込む人たらし的なアプローチ術を、天性の物として持っている。


 だから嫌われにくい。良い意味での八方美人。ただ、ごくたまにこの敵意のない朗らかさを受け付けない人もいる。持っている物を持っている春菜。その春菜が上から目線ではなく対等な関係を求めてくるのが我慢ならない、という人格のキャラがいることも確かなのだ。


「じゃあ、私、こっちなんで」


 春菜が三叉路で立ち止まって別れの挨拶を切り出す。「じゃあまた明日ねー」と手をひらひらと振って去ってゆく。


 その春菜を見届けてから、俺は詩織に話しかけた。

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