第14話 学園

 そして登校して一時間目の授業前。クラス内や廊下で会話している生徒たちがにぎわしい。俺も、詩織の登場以前の様に、春菜と机上で対面しておしゃべりをしている。


「あ、きた」


 春菜が会話の途中で唐突に声を上げてそちらの方を見る。教室後方の扉から二組に入ってきた詩織の姿が目に映った。やはりというか、教室の注視を浴びながら俺の席にまでやってくる。


 詩織が到着した場面で、春菜がすっくと立ち上がる。


 教室中を見回して宣言した。


「聞いて下さい皆さん。私、芳野春菜と如月郁斗君は楠木詩織さんと仲良し、友達になりました。そういう視点で、よろしくお願いします!」


 よく通る声は、いつもの春菜の明るい抑揚。俺は突然の宣言に驚いたが、これが周囲に物怖じしない春菜なのだと改めて実感させられる。


 俺が不登校だった時も、明るくて常に前向きな春菜に勇気づけられ続けていた。詩織を学園に馴染まそうという春菜の気遣いを感じさせる行動であった。


 周囲は一瞬静まったのち、うぉーとどよめいた。


 詩織が昨日俺に告白してフラれたと学園にバラして以来、NINEや学校裏サイトではあることないことがバズった状態で混乱を極めており、それを鎮める必要性もあっての春菜の宣言でもあった。


「すげー! どろどろの三角関係かよっ!」


「ちょっと! ここまでくるともう最後までいっちゃってって思うけど」


「ところでお前、誰に賭けてる? 俺、「如月がどっちにもフラれる」に全財産ベットしてるんだが……」


 鎮まらなかった。というか、むしろ逆効果?


 クラスの面々が三々五々と、にぎやかな声ではやし立てる。


 だが、詩織に対する敵意や疎外的な反応は消えていた。詩織も含めて、俺たちの三角関係を生暖かく楽しもうという好意的な反応が支配的だと思える。


 これが、春菜が持っている人徳というものなのだろうか?


 あるいは春菜の計算づく?


 流石にそれはないと思っていると、春菜が再び教室に向かって言い放つ。


「みなさん。詩織さんはいくと君を狙っていて、いくと君は私を狙ってます。私は……今は誰ともお付き合いはまだいいかなーという感じですが、以後、落ち着いて成り行きを見守ってくれると嬉しいです」


「「「おー!!!!!!」」」


 教室中がそれに答えた。完全に春菜が全てを持って行った感がある。


「裏サイトで行われているブックメーカーのオッズが変わると思いますが、混乱のないようにって話はつけてますから」


 なんだそれっ!


 聞いてないよっ、俺はっ!!


 つーか、俺たち、賭けの対象になってるの?


 とか思っている俺の前で、生徒たちの多くが大急ぎでスマホを確認している。「マジオッズ変わってる!」とか、「ポジ直せ!」という声が飛び交い、授業前なのに他のクラスに伝令にかけえ出してゆく生徒がいたりする。


 マジ?


 呆然と状況を見るしかない俺に春菜が向き直ってきた。


「これで堂々と私たちはグループ交際できるようになったね。詩織さんも、あまりはめをはずさないでね。いくと君は悪さしないで」


 にっこりとした明るく朗らかな春菜スマイルを浮かべる。


 春菜ってすげーと思う。教室内の展開に背筋がぞわりとした。


「すごい手練れなのね、春菜。高校デビューの私には真似のできない芸当。素直にありがとうと言わせていただくわ。だからと言って譲るつもりは全くないのだけど」


「はっきりしてるっていうか、正直なんですね。詩織さん」


 二人の視線が絡まる。にこにこ春菜と、クールビューティ―詩織。二人の間で俺にはわからない意思疎通が行われている。


 いや、『幼馴染』って憧れなんだけど、もしかして女って怖ろしい生き物なのではないのだろうか? と思わずにはいられない俺なのであった。





 その時以来、俺たち三人は朝から夕方まで学園でつるむようになったし、それに対する陰口は多少を残して表面上は聞こえなくなっていた。


 詩織が端緒を開き、俺がたじろぐ。その二人を春菜がまあまあとなだめるという関係が数日で出来上がっていた。


 そして今日も昼休み、三人でカフェテリアに向かって廊下を進んでいる。


「今日は火曜限定の松花堂弁当がおすすめ。カロリー控えめだから、女性には人気だよ」


「和食? 骨の多い魚、入ってない?」


「あるかも?」


「ならお断りね。考えたくもないわ」


「詩織さん。魚嫌いなんですか?」


「嫌い嫌い。大っ嫌い。というか怖いわ」


「なんでそこまで」


「昔、骨が喉に刺さって病院に運ばれたトラウマが……って、思い出しちゃったじゃない! ぞわぞわするっ!」


 詩織が自分の肩を両腕で抱いて、震えている。


 マジ、涙目で怯えている。


 詩織……さん?


 大丈夫ですか?


 と声をかけたが反応は帰ってこない。そんな、いつもは強キャラの詩織の珍しい一面を見せられて、詩織には申し訳ないが「萌えて」しまっている俺がいるのも事実なのであった。





 詩織は三分ほどで元の強キャラに回復した。さすが詩織さん。立ち直りが早い。


「でも……松花堂弁当。アレはさっさと見えないところに押しのけるとして。カロリー控え目は嬉しいけど、私は和食より洋食派なのよ」


「そうなんだ、詩織さん。洋食だと、デミグラスオムライスがお薦めかな? カロリーは多くなっちゃうけど」


「二人とも……なんでそんなにカロリーとか気にするんだ?」


「「カロリーは女性の敵よっ!」」


 二人が同時にハモった。


「でも二人とも……なんというか、全然太ってないぞ」


「それは甘いものを我慢して我慢して我慢して……食べ過ぎないようにしてるからっ! いくと君、女の子の努力、わかってないっ!」


「いや……そうなのか? ごめん」


「いくと君だって男の子だから、スタイルのいい女の子に惹かれるでしょ」


「いや、確かにそれはそうなんだが……詩織はバランスいいし、春菜も別に気にする必要はないぞ」


 ちらと春菜の胸と臀部に視線を走らせてしまった。


 春菜はそれに気づいた様子。思春期の女の子の感度は全く侮れない。


「いくと君が私の凸ってるところ、見たーーーーーーっ!!」


 うええええーーんと、春菜が詩織に泣きついた。


 詩織が春菜の頭をよしよしと撫でる。


「郁斗も男だから仕方がないのよ。男はケダモノよ、春菜。だからそんな獣は私に委ねるといいわ」


「それはダメ」


「ちっ!」


 詩織が舌打ちをする。


 そして二人して顔を見合わせて笑い合う。


 俺の入り込む隙間がない。


 というか、俺、ケダモノ?


 いや、確かに俺も健康な思春期の男子だから詩織や春菜の……その、女性的な部分に目がいくこともあるのだが。それすらダメなら、世間の恋人いる陽キャはいったいどうやって女の子と会話したり付き合っているんだと悩んでしまう。


 でも、詩織と春菜が打ち解けたようでよかったよかった。


 俺も、以前より二人と親しくなったと実感できる。


 心地よい距離感。


『幼馴染』へのアタックは成功させねばならないのだが、それとは別に今の関係も全然悪くはない。そんなことを思うある日の昼休みなのであった。

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