第13話 朝食と秘密の同居問題
翌日の朝起きて、朝食時。ダイニングキッチンに詩織を加えた四人がそろっていた。珍しく、お寝坊さんの彩音ちゃんも起きてきている。
俺は家着の上下のジャージで、沙夜ちゃんと詩織は落ち着いた感じのパジャマ姿。彩音ちゃんは上下のスウェットで長いウェーブの髪をゴムで束ねて目をしょぼしょぼさせている。おそらく寝起き間もないのだろう。
テーブルには、今日の朝食登板の沙夜ちゃんが作った、ハムエッグとサラダとトーストが四人分ならんでいる。
食事当番は、俺と沙夜ちゃんが交互にこなしている。そして流石の沙夜ちゃん。いつもの通りの見事な日本の朝食。
内食だから豪勢というわけではないのだが、どこに出しても立派に通用するだろう。この家に来る前から、幼いながら北条家の家事全般を受け持っていた殊勝で出来た娘さんなのである。
みんなで手を合わせて『いただきます』をして、朝食が始まった。
俺の対面に詩織がいるのだが、黙々と黙って食事を口に運んでいる。家で変なちょっかい、変というと詩織に対して失礼になってしまうのだが、俺に対する積極的なアプローチを仕掛けてこないので、今のところ狼狽せずにすんでいる。でも、食事時に客人的な詩織がいるのは……緊張する。正直、落ち着かない。
沙夜ちゃんや彩音ちゃんはもう慣れた家族の間柄なので部屋着姿を見てもなんとも思わないのだが、距離感がまだつかめていない「女の子」の詩織がパジャマ姿で目の前にいるというのが、なんともいえずそわそわしてしまう。俺、同じ年ごろの女子に全然免疫がなかったんだなぁと実感している所でもある。
「なに?」
詩織が俺の視線に気づいたという様子で、短く問いかけてきた。
「いや。なんでもないんだが、詩織は……その……ステイホーム先に男子がいるって、ちょっと気になるというか、イヤっぽいと思ったりはしないの?」
「そうね。郁斗じゃなかったら、気にする所かしら」
「俺じゃなかったらって……」
「貴方は私が告白した相手よ。そこのところ、きちんと理解して」
「詩織ちゃん。郁斗君は私の金ヅル……じゃなくて、私を養ってくれる旦那様になる予定だから、その点はよろしくね」
「彩音ちゃんをヒモにするつもりはありません」
割って入ってきた彩音ちゃんに、ここははっきりと言っておかねばならないだろう。
「でもお兄ちゃんに告白って、詩織お姉ちゃんは見る目があるって沙夜は思うなー。詩織お姉ちゃんも美人だし、お兄ちゃん取られちゃうかもって、沙夜はちょっと落ち込むかも」
この沙夜ちゃんにも彩音ちゃんにも、詩織が俺に好意を持っているということは、当たり障りのない範囲で伝えてある。流石に詩織と同居する以上、避けては通れないことだと理解しているからだ。
「貴方は私が告白した相手なの。だから今、気にするというより意識してドキドキしてるわ、正直に言うと」
「マジ!?」
「マジよ。表に出さないように努めてるだけ。パジャマ姿で対面して、心臓バクバクよ」
「マジかっ!」
俺は食事中にもかかわらず驚愕に震える。詩織が嘘を言っている様子はない。詩織が俺を好きだというのは、女の子の本気なんだと改めて思い知らされる。
そしてその詩織のパジャマ姿、セリフ、少し恥ずかしいという照れながらの食事風景にダメージを受けている俺がいるのも事実。だから、春菜のことが一層重くのしかかる。
「詩織……さん。その……同居の事なんだが……。春菜には……」
おずおずと口にする。結局、勇気がない俺は、問題の先送りを選んだのだ。はっきり言うと、ヘタれたのであった。
「そうね。どうしようかしら?」
詩織が少し意地悪な抑揚をつけて返してくる。
「詩織さん。いや、詩織さまっ!」
「うーん。考えどころね、郁斗君を振り向かせたい私としては」
「そこを何とかっ!」
「そうね。春菜に事実を突きつけたいところだけど、いま直接対決するにはまだ積み重ねが足りない……かしら」
「積み重ね?」
「そう。郁斗と私が近づくエピソードの積み重ね」
「積み重ねるつもり……ですかっ!?」
「そうよ」
詩織がふふっと不敵な笑みを浮かべた。
「だから今はまだ春菜には内緒。いずれ春菜とは対決しないといけないとはわかっているけど」
内緒にしてくれるというのはよかったと安堵する。同時に、詩織が春菜と対峙する覚悟だとわかって、うーんと心中で呻きを上げる。
幼馴染の春菜を選ぶ気持ちに揺らぎはない。だが詩織の接近を受けて、全然全くたじろいでいないというのは嘘になる。
漫画やライトノベルに登場するハーレムキャラが、あたふたする理由がよく分かった気がする。
「確かに、春菜ちゃんに知られたらまずいよな」
「うぅ……」
彩音ちゃんのぽつりとした一言に、何も返答できない。
「春菜ちゃんを狙っていると毎日豪語している割に、詩織ちゃんと浮気状態の事実婚」
「…………」
「春菜ちゃんに気を使って、詩織ちゃんも無下にしていないといえば聞こえはいいが……」
「…………」
「ただの二股」
「…………」
「男のクズ?」
ずさっ、ずさっと、彩音ちゃんの矢が俺の心を何度も射抜く。
「そんなクズは、私の古文の授業のサポートに誠心誠意を尽くして、将来的には私を養って罪をつぐなわなくてわな」
「なんで……そうなるんですか?」
「クズすぎる……から?」
「今夜の課題は三倍ですね」
「今のうそーっ! ごめんなさいーっ! ゆるしてーっ!」
彩音ちゃんが一気に崩れて、俺に縋り付いてきた。
対して義妹の沙夜ちゃんはいたって平穏。
「お兄ちゃん。沙夜はねー、学園で知られないよう気をつけるべきだと思う」
「だな。学園中の男子の嫉妬を買って何されるかわからん。詩織がフった相手からすれば、こいつマジコロすという感じだろうし」
「そうなの。詩織さんの噂は中等部にも響いてて。男子にも『詩織お姉さんに虐められたい系』、多いんだよ。郁斗お兄ちゃん。そういうの、詩織お姉ちゃんに告白した男子からすると『寝取られ』っていうんだよ」
「沙夜ちゃんっ!! どっからそういう言葉覚えてきたのっ!!」
「意味はよくわかんないけど……お姉ちゃんが言ってたよ」
「彩音ちゃん」
俺は冷えた声を出す。彩音ちゃんを更生させるのは既に諦めているからいいのだが、沙夜ちゃんに悪影響を及ぼすのは看過できない。
「彩音ちゃん……」
「いやー。今日の朝ごはんも美味しい!」
素知らぬ振りをして場をやり過ごそうとする彩音ちゃん。
「今夜の課題は五倍ですね」
「うそーっ! ごめんなさいーっ! 沙夜が聞いてるとは思ってなかったのーっ! ほんとっ! 信じてっ!」
うるうると涙目で訴えかけてくる彩音ちゃん。嘘は言っていないと俺は判断して、彩音ちゃんには注意で済ます。
「気を付けてくださいよ」
「きをつけましゅ」
くしゅんと俺に矢を射かけていた時とは別人の様に、へこむ。彩音ちゃんは、攻撃は得意だが防御は大の苦手なのだ。
「あとは……」
今度は詩織に目を向ける。
「世間体を考えて、俺と彩音ちゃんは別々に登校しているんだが、俺と詩織も別々に登校した方がいいな」
「そうね。残念だけど、今はまだ『友人』だから郁斗には迷惑をかけられないわね。郁斗を振り向かせた後は、人生の伴侶になってお互いに束縛し合う関係になる予定だけど」
「重いっ!」
思わず反応する俺に、詩織は素直に嬉しいという顔を返してくる朝食時なのであった。
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