第11話 過去

 小学五年生の俺は、ベッド上で目を覚ました。時間の感覚があまりない。ゆるゆると起き上がって、ちらとカーテンを開く。夕日が差し込んできて、そんな時間なのか……とぼんやり目をこする。


 挫けて引きこもりになってからは昼も夜もない生活で、ほとんど部屋から出ない割に室内は綺麗に片付いている。その理由は――


「いくと君。起きてるー」


 声がして、室内に春菜が入ってきた。


 俺と同じクラスの五年生。セミロングの明るい髪がよく似合っている朗らかっ娘。俺の幼稚園以来の幼馴染で、ずっと一緒に過ごしてきた仲でもある。


 でも……


 いまは以前一緒に遊んでた時の春菜への好意は消え失せて、ウザいという思いが先行している。俺に構わないでくれ放っておいてくれと、そう思ってしまう。


 春菜は背負っていたランドセルを下ろして中からプリントを取り出す。


「これ。今日のプリント。だけど見なくていいから」


 昔から共に過ごしてた時と変わりない、明るい口調。それから部屋をきょろきょろと見回して。


「うん。昨日片づけたからまだ綺麗だね。汚しちゃダメだよ、いくと君」


 と、室内の清掃について言及する。


 俺は、飲んだペットボトルも食べたスナック菓子も勝手に放り出しているのだが、毎日こりもせずやってくる春菜が、嫌な顔一つせずに片づけをしてくれる。


「あと。これ、お弁当。煮物とおひたしとごはん。バランス考えて作ってるけど、お腹がすいたら食べてね」


 そう言って、俺が食べ散らかした昨日の容器を回収する。


 俺にはわからない。この春菜の気持ちがわからない。なんで、俺に構って色々あれこれ世話を焼くのかが理解できない。


「もう、放っておいてくれよ、俺なんか」


「え? なんで?」


 春菜は本当にわからないという表情をした。


「だってお前だって面倒だろ、俺みたいなのに構うの。なんで来るんだよ」


「だって、放っておくといくと君、部屋を汚しちゃうし、ごはんきちんと食べないし。身体壊しちゃうよ」


「俺の勝手だろ」


「そんなことないよ。私、元気になったらまたいくと君と外で遊びたいって思ってるから」


 同情してるんだろうか? それとも、親父に頼まれて金もらってるんだろうか? わからないけど、友達だって一杯いるこいつが俺の事をマジで考えているって思えない。


 思えないから、今の心の苛立ちをぶつける。


「こんな俺のこと見て、楽しいか?」


「そんなこと言わないで。元気になって欲しいって思うよ」


「なんで頼みのしないのに、勝手に来るんだよ」


「だって、私、いくと君の幼馴染だし、いくと君のとこに来たいって思うから」


「ウゼえんだよ、毎日毎日! もう来るなよ!」


 大声を出してからちょっと後悔した。春菜の表情が止まる。幼い頃の引っ込み思案な春菜だった時の様に泣く……だろうかと思っていると。


「来るよ!」


 春菜が俺を叱る様に大きな声を出した。


「いくと君が嫌だって言っても、私、来るから。いくと君、無理しなくていいから、ゆっくり休んでくれればいいから。いくと君、ちょっと疲れたんだよ。だから休むのがいいって私は思ってる。ずっと休んでてもいいから。私が毎日、ごはん作ってくるから!」


 そこまで言って、俺の反応をうかがう様。


 まさか、逆切れ……とは違うだろうが、怒られるとは思ってなかった。


 春菜が仁王立ちして、「何か文句ある?」という顔で俺をにらみつけている。


 俺はその春菜の剣幕に。その春菜の真剣さに、うつむくことしかできなかった。


「……ごめん」


 素直に謝った。


「ぜんぜん、気にしなくていいから!」


 春菜は俺の「ごめん」を聞いて破顔した。


「いくと君は何も心配とかしなくていいから! だから、今日も一緒に遊ぼ!」


 春菜は言うと、プレイターミナルのスイッチを入れる。


「こっちこっち」と俺を隣に誘導して、レースゲームを一緒に始めた。


「なかなかうまくいかないね」とか言いながら俺も春菜の調子に流されて一緒に遊んで、しばらく時間が過ぎてから――


 ふとこっちを見てにっこり笑ってきた。


「楽しいね、いくと君。私、やっぱりいくと君と一緒に遊ぶの、好きだな」


 満面の笑みで、本当に楽しいという表情を浮かべる。


 その笑顔に……俺は、泣きそうになっている自分を感じていた。というか、泣いていた。


「なんで……構ってくれるんだ……よ。俺の事。俺、こんななのに……」


「え? だって、私、いくと君と一緒にいるの、ずっと昔から好きだよ。幼稚園の頃は虐められてた私をかばってくれたいくと君だったし、お相子さまだよ」


「……ごめん……な。俺、春菜に……答えられそうに……ない……」


「ぜんぜんOKだって、いくと君。私、いくと君と一緒なだけで幸せだって思ってるから」


 見つめている春菜の顔がぼやけて……


 映像が不鮮明になって……





 俺は、高校二年生の自室に戻ってきていた。


 視線の先にある天井がブレていることで、俺は目に涙がたまっている事を理解していた。


『幼馴染』の春菜。春菜と『幼馴染』で本当に良かったと思う。俺の一生分の運を使い果たして、そのせいで今春菜に交際を受けつけてもらえないのかもしれないが……


 それでも『幼馴染絶対主義者』として頑張ろうと再び決意する。


 そして今日一日の事を思い返しながら……そのまま疲れに任せてうとうとと、眠りの中に沈んでゆく俺なのであった。

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