第20話 詩織とベンチで
混雑している繁華街、駅前を過ぎ、人気の少ない港南中央緑地にまでやってきた。
中に入って二人並んでベンチに座る。
野球場がすっぽり入る程の大規模公園。初夏に差し掛かる今の季節の木々は雄々しく眩しい。
うーんと、隣に座っている詩織が大きく伸びをした。大満足だという気分が表情からうかがえる。
「デートって素敵なものだったのね」
「そうだったね。春菜と出かけたことは何度もあったけど、はっきりデートみたいなものは今日が初めてで」
「私と一緒で楽しかった?」
詩織は期待する眼差しを送ってきた。
「楽しかった。ものすごく。春菜にはちょっと悪いけど、なんというか新鮮で二人して新しい世界に迷い込んだみたいで。すごくドキドキした」
詩織の顔に満足の笑みが広がる。その詩織は、昔を思い返すような顔で続けてきた。
「陽キャ憎しの気持ちから、デートなんてって気持ちがずっと強くて。でも郁斗と一緒に出かけたいという思いも長年あって。敗北を認めるわ。デートに関しては。陽キャにじゃないから」
「なんで……そんなに陽キャを嫌うの? 詩織って、陽キャ的じゃないけど学園では男子にものすごく人気あるし、憧れてる女子も多いだろうし。すごくもててリア充じゃないの?」
「私がリア充に見える?」
「見えない。詩織の側にいなかったらお姫様の様な人なんだって思うところだけど、実際を知っているから」
「好きでもない男子に告白されるのも楽しいものじゃないわ。私に近づいてあわよくば……っていうのは論外としても、真摯に思ってくれるのを断るのは、少し苦いわ」
「詩織でもそう思うんだ」
「私を何だと思ってるの。確かに一人でいることが多くて、つんつんしているオーラはあるかもだけど、私はただの凡人よ」
「外見は凡人じゃないよね」
詩織がむっとした顔を見せた。
「郁斗も私の外見を気にするの? 私がブスだったら相手にしてくれないの?」
「うーん……」
俺は空の青を見上げながら自分の心を探る。
「外見はあまり気にならない……かな? 詩織が平凡な外見でも、素敵だって思ったとおもう。詩織って人間には魅力があるから」
ふふっと詩織が微笑む。頬が薄紅色に染まっている。
「陽キャっていうか、クラスを仕切っている連中にはいい思い出がないの」
「そうなんだ。詩織がクラスの上位だと思えるけど」
「下手に外見がいいのは嫉妬も買うわ。男子に人気なのは、女の子にとってはヘイトの対象になるの」
「そう……かも……ね」
「郁斗はそういう経験ない? 不登校……引きこもり……だったんでしょ?」
「そうだね。今だから思い返せるけど、ものすごくつらい経験だった。春菜……『幼馴染』がいなかったら、多分今僕はここにはいない。だから春菜には感謝しきれないぐらい感謝してるし、『幼馴染』って属性には崇拝に近い思いを抱いてる」
「『出逢った』私じゃ、ダメ?」
短い問いかけ。でも、そういった詩織の瞳は、すごく真っ直ぐで真剣な色合いだった。
「…………」
答えに迷った。詩織の事は嫌いじゃない。むしろ好きだと言ってよいと思う。普通に育って、普通に春菜や詩織と過ごしていたら、詩織を選んだかもしれない。でも自分の中には、確固とした『幼馴染』に対する熱い想いがある。それを消し去れない。なかったことにできない。
詩織を傷つけたくはないし、傷つけるつもりもない。でも嘘を言うのはもっとダメだと思って、答える。
「詩織と出逢ったときは印象的だった。詩織と過ごすようになってとても惹かれてる。嘘じゃない。でも、僕はやっぱり『辛いときを一緒に過ごした幼馴染』と結ばれたい」
詩織を見つめた。視線が合う。詩織はどんな反応を見せるだろうか。怒るだろうか。すねるだろうか。泣き出すとは思えないけど、非難される事は甘んじて受け入れるつもりだった。
その詩織は……全く冗談とも思えない事を真顔で言ってきた。
「郁斗の……したいこと、なんでもしてあげる。私に出来ることなら、郁斗が望むことなら、身も心も郁斗の物になってあげる。私には、魅力が……ない?」
詩織の艶っぽいしなだれかかるようなまなこに、めちゃくちゃ混乱してドギマギしながら答える。
「そういう……ことじゃ……ないんだ。っていうか、僕も思春期の男だから、そういう男女間の欲望的なものはもちろんある。けど、付き合いたい相手に求めるのは、そういう事だけじゃないんだ。うまく言えないけど」
「私を……自由にできるのよ?」
「ごめん……」
――と、詩織が顔を明るいものへ変えた。
「合格。それでこそ、私が惚れた郁斗だわ」
「え?」
ちょっと詩織の変化がわからない。
「郁斗が私の誘惑に乗ったらどうしようかって思ってたけど。やっぱり信じてよかったわ」
「え? え?」
「そういうのは、学園で寄ってくる男子連中で飽き飽きしてるから」
「詩織……冗談……からかったの?」
「からかったんじゃなくて、試したの」
「えーーーーーー!! ひどいんじゃない!? マジ、ドキドキして気持ちが揺れたよ!」
「ひどくない。女の子の特権よ。でも……」
「でもなに!」
「最終的には郁斗とそういう男女の繋がり的な関係になりたいのは本当。ただし、気持ち的なものが不可欠ということ」
詩織が、ぽんっと跳ねるようにベンチから立ち上がった。
「気分がいいわ。最高に」
心がすっきりと晴れ渡ったという笑みを見せる。
「結構私も捨てたものじゃないというのがわかったし。でもまだ足りないということもわかったし」
いきましょと、詩織が僕を帰り道に誘う。
俺も立ち上がる。
「でも帰る前に記念に一つだけ」
詩織がスマホを取り出し、俺に顔を寄せてきてパシャリと二人並んだ画像を撮った。
「あとで郁斗にも画像送ってあげるから」
そう言って背を向けて歩き出す。
結局、その日は詩織の魅力や悪戯にあわあわしてドキドキしっぱなしの俺なのであった。
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