第33話 エピローグ①

 春菜は詩織の部屋、ベッド淵に腰かけていた。


 詩織は郁斗を見つけられただろうか?


 郁斗に追いついた詩織は、その郁斗と何を話しているのだろうか?





 いくと君を追いかけなくっちゃ! と部屋から飛び出そうとした私に、詩織が声をかけてきた。


「私が追いかけるわ。春菜、ここは譲って」


「でもっ! それじゃぁ!」


「言いたいことはわかるわ。でも郁斗にとって私たち二人一緒なのは重荷になるの」


「確かにそうだけど……。でも、ここで詩織に譲ったらいくと君は!」


「大丈夫よ。今の郁斗には選べないから。選ぶのが怖くて恐ろしくて惑っているの。でも……」


 詩織は一泊置いて続けてきた。


「そんな郁斗だから貴女は私と同じように好きになったのでしょ」


 詩織が、「私に同意してくれる?」という調子の微かな笑みを送ってきた。


 私にもわかっていた。今のいくと君には選べないだろうことは。私と詩織が二人して追いかけたら、いくと君はつぶれてしまうかもしれない。


 いくと君が不登校だったときの事を思いだしていた。いくと君は人一倍頑張り屋さんだけど、人一倍繊細な男の子。傷つきやすくて、脆くて、そしてとても優しくて。


 だから詩織の言っていることはよくわかる。よくわかるけど。


「でもだからって、『ブクマ』の詩織に追いかけさせるのは……私が……怖いわ」


「抜け駆けはしないわ、『aburana』さん。少し私の秘密を見せるけど。多分郁斗はそんな私に惹かれるだろうけど。『選ぶ』ところにまでは行けない。前にも言った通り、私たち三人が『スタート地点』に立つだけ。今の郁斗には救いが必要なの」


「…………」


 私は押し黙った。詩織を見る。嘘は言っていないと思った。信じられるとも思う。


 加えて、詩織の言っていることは真実だと私にもわかる。いくと君は、選べない。最初は私を選んでくれている位置にいたのだったが、私が返答を先延ばしにしている間に詩織がその努力で私と同じラインに立ってしまった。


 それは詩織の執念であり、私の驕りでもある。


「わかったわ。いくと君のこと、頼むね」


「ありがとう」


 詩織は素直にお礼を言ってきた。


「昔は『幼馴染』が郁斗を助けたから、今度は『出逢いの少女』が郁斗をサポートするわ。これは始まりに過ぎないの。私と春菜と郁斗の物語の。終わりはどうなるのかしら……と考えて、私にもわからないし、考える意味もないから考えるのをやめたわ」


「……わかった」


 私の了承を得て、詩織は出ていった。





 そして私は今、詩織の部屋にたたずんでいる。


 詩織は覚悟を決めて行動している。自分がいくと君に選ばれない未来を含めて。その詩織を見ていて、私も惑っていちゃダメだってわかった。


 『幼馴染』で互いの良いとこ悪いとこを知っているというのは大切。でも、『幼馴染』の地位にかまけているのはダメ。


 私も変わらなくちゃって思う。いくと君にとって、『幼馴染』から『芳野春菜』という女の子に成長しなくちゃいけないんだって思い知らされたのだ。


『芳野春菜』になろう。いくと君にとってもっと意味があって仲良く近しくなりたいって思われる女の子、『芳野春菜』になろう。


 詩織に勝てるかどうかはわからない。でも、考えることじゃないんだって思う。だから、詩織の「考える意味がない」という言葉の意味が実感として自分にもある。


 窓を見る。


 雨粒が吹き付けている。


 私と詩織といくと君の将来を暗示しているようで、ちょっと怖い。


 でも、怖がるのはもうやめにするね、いくと君。


 いくと君をちゃんと見るから。いくと君にも本当の私を見てほしいって思うから。


 それから私は部屋を出て、一階でお風呂を入れ、乾いたバスタオルを用意する。台所でお湯を沸かして暖かい飲み物の用意をする。


 今の私に出来ること。


 二人が返ってきたら快く迎えよう。


「私……頑張るよ……。いくと君」


 春菜のつぶやきは、郁斗と詩織がいなくなった屋内に消えてゆく。


 だが春菜の胸の中には、確かな痕跡として残っている。

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