第15話 【聖なる孤児たち】


神の子である自分たち孤児は本気である。


本気でこの世界を救うために、神の計画に沿って自分たちの歴史と人生を全うするつもりでいる。


幼い頃、自分は両親に捨てられた。


ある日、両親にとある教会へ連れていかれ、礼拝堂でお祈りを済ますと、


「パパとママ、すぐに迎えに来るから、ここで待っててね」と、両親が自分を置いて教会を出て行った。


教会のベンチに座り、言われたとおりにそこで大人しく待ってみたが、二人は自分を置いたまま戻って来なかった。


なぜだろう?


自分は両親に愛されていない。


なんとなくそんな気はしていた。


心細さと寂しさが込み上げて来て途方に暮れていると、教会のシスターが礼拝堂に入って来た。


「あなたのパパとママはもうここには戻って来ません。なので代わりに私が迎えに来ました。今日からあなたはこの教会の子になって、私たちと一緒に生活するのです」


「パパとママは僕のこと捨てたの?」


「いいえ、捨てたのではありません」


「なんで教会に置いて行ったの? パパとママは僕のことがキライだったの?」


「そんな事はありません。あなたのパパとママは神様の下にあなたを返しに来たのですよ。あなたは神様の子です。私たち人間はみんな神様の子です。神様が創った最も愛おしい存在が私たち人間です」


「神様の子?」


「そうです」


「僕はママのお腹の中から生まれて来たんじゃないの?」


「ええ、そうです。でも本当は違うのよ。本当は神様がパパとママにそう言ってあなたをパパとママに預けたのです。今はまだ詳しくお話出来ないけど、神様はある計画のために、神様の子供を人間の大人たちに預けるのです」


まだ幼い自分にシスターの話は理解し難かったが、シスターと話をしているうちに両親に捨てられた心細さと寂しさは薄らいでいった。


その日から自分は教会が運営する孤児院の子になり、神の子である他の孤児たちと一緒に生活した。


教会での暮らしは、この教会が信奉する神の教義をよく守り、全てが規則正しかった。


神は人間が絶対にしてはならない七つの罪がこの世にはあると人間に教え、教会はまず自分たち孤児にその七つの罪を犯さないように指導した。


「暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、嫉妬、傲慢。私たち人間はこの七つの罪のうちどれか一つでも犯してしまうと、この世のあらゆる罪がそこから派生して、神が人間に示した正しい道を踏み外す事になります。正しい道を踏み外した者は神の愛を受け取る事が出来なくなり、その神も愛する者を失ったショックで孤独になるのです。私たちは神の子だから、神を孤独にさせるような事は決してしてはいけないのです」


自分が育った教会の教えの根本には、神が人間を愛し、人間は神から愛されることで、神を孤独から救うという使命がある。


「かつて神は人間を創る前に“天使”と呼ばれる存在を創りました。しかしその天使たちは神が嫌うその七つの罪を全て犯してしまったので、天使を愛せなくなった神は孤独を感じて、天使の代わりに人間を創ったのです」


神が人間を創った時、神は天使たちよりも人間を愛するようになった。


そしてそれまで神に愛されていた天使たちはそれを不服に感じ、神に反抗した。


「神に反抗した天使たちは悪魔の姿になって、絶えず私たち人間を悪の道に唆します。悪魔は人間の肉体を支配して、神が嫌う罪を人間が積極的に犯すように誘導し、この世を地獄に変えようとしているのです」


教会の孤児たちは七つ罪を犯さないよう、それに対立する基本姿勢を小さい頃に徹底して叩き込まれた。


節制、純潔、慈善・寛容、忍耐、勤勉、感謝・人徳、謙虚。


教会に属する人間の社会的生活態度は、この七つの基本姿勢から出来ていた。


この七つの基本姿勢を守れない人たちは悪魔に肉体を支配された哀れむべき人たちで、自分たちが救ってあげなければならない対象だと、教会の指導者たちは言った。


「神は悪魔から愛おしい人間たちを守るために、自分の霊を解体して、人間たちの精神の中にそれを宿しました。だから人間は神の子でありながら、神の一部でもあるのです。こうして人間は常に悪魔の誘惑を受けながら、同時に神の恩寵も受けて苦楽を味わう人生を歩む事になりました」


教会は悪魔の支配下にある人間の肉体とこの物質的世界は悪であり、人間が住んでいる現世こそが地獄だと私たち孤児に説いた。


神は人間の精神の中にだけ存在し、天にも礼拝堂の偶像にも存在しない。


神の子である自分たち孤児はそれを肝に命じ、祈りの言葉はいつでも自分自身の中に宿る神に向けて唱えていた。


自分たち孤児は教会の富裕な資金力によって悪魔の誘惑で地獄と化した人間社会から隔絶された環境に身を置いていた。


世間一般の子供たちのように学校に通う必要がなく、成人して社会に出るまで教会が組んだ独自の教育プログラムを孤児院で学ぶ。


自分たち孤児は、まず何よりも神について学ばなければいけなかった。


そして幼児の頃から繰り返し創世論を教えられ、親しんで来た。


人間は神の創造物である。


それは自分たち孤児にとっては決してお伽噺などではなく、紛れもない真実だ。


自分たち孤児の誰もが、はじめは人間の子として両親の下から生まれて来たものだとばかり思っていたから、創世論が常識として自分の中に浸透するまでにかなりの時間を必要とした。


「人間が猿から進化したとする進化論は悪魔たちが人間の肉体とこの物質世界を正当化するために唱えた邪道の教えです。現代文明の大半がこの教えを常識として受け入れたおかげで、神の子であった人間たちは神の存在を否定するようになりました。しかし人間の本質は神宿る精神です。人間は進化論を受け入れた事で、人間の本質である精神の修養を忘れ、己の欲望に忠実な獣の道を歩むことになりました」


神が人間を創り、神が人間を愛する理由を知った自分たち孤児は、年長になるにつれ、物理学、微生物学、素粒子物理学、神経生理学、遺伝子工学など、多岐に渡る高度な学問をこの孤児院で修めた。


それらの学問を学ぶ目的は神の存在を証明するためでもあり、神の計画である人類救済を遂行するためでもある。


神に愛され、神を愛する事で人類と神を孤独から救う強い使命を持った自分たち孤児は日々ストイックにその知識と技術を習得した。


「神の子である私たちは、神が計画された人類救済を必ず遂行しなければなりません。あなたたちがこの孤児院を巣立ってから社会でやるべき事は、人類救済の実案と実行です。政治、経済、宗教、科学などの分野はもちろんですが、私たちの教会を出た孤児たちは皆自分の使命を持って世界中に幅広く飛び立ち、何百年も前から人類を救済するために社会で活動して来ました。黙示録にある“最後の審判”は私たちの悲願です。もうまもなく私たち神の子がそれを実現するでしょう」


自分たち孤児は、この地獄と化した人間社会を救済するために、教会で学んだ知識と技術を使って、銃弾を作り、爆弾を作り、毒薬を作り、細菌兵器を作った。


終いには人類の大半を焼きつくす核兵器も作った。


また悪魔の支配下にある人間の心理をよく理解し、映画、ラジオ、テレビ、ネットなどのメディア媒体を通じて大衆を煽動する方法にも成功した。


世界で起こるあらゆる出来事は自分たち孤児の類い稀な努力によって操作され、壮大なイリュージョンとして、人類を救済の道に導いて来た。


黙示録の預言の警告どおり、悪魔に誘導された人類は獣同然に増え続け、今や地球環境を脅かしている。


自分たち孤児にとって、預言は未来で起こる事を示すものであると同時に、未来で起こさなければいけない計画でもある。


自分たち孤児は獣同然の肉体と物質世界に終わりを告げるため、その総仕上げとして、まもなく“最後の審判”をこの世界に仕掛ける。


相次ぐ大規模な天災、疫病、地域紛争や国家間戦争は、人間が獣の肉体を捨て去って、神宿る精神に還っていくための浄化として、自分たち孤児が誘発し利用した結果だ。


それを受けた人間たちは、この世が地獄である事をようやく理解し、自分たちが享受する獣の肉体と物質文明が悪魔に唆されていたものである事を自覚する。


そして悔い改め、神の計画である至福の千年王国へ移行する事を必ず望む。


至福の千年王国。


そこは自分たち孤児が開発した5Gの通信技術が創る仮想現実世界。


肉体を捨て、精神だけを仮想現実に移行させた人間は、その千年王国で永遠の命を手に入れ、全てが思い通りの人生を体験する。


その間自分たち孤児は人間によって乱れた地球の生態系を長い時間をかけて回復させ、この地球は、かつて神が“エデン”と呼んだ原初の楽園に戻るのだ。


その楽園へ帰れるのは神の子である自分たち孤児だけだ。


両親に捨てられ、神に愛される事を望んだ自分たち孤児だけだ。


自分たち孤児はアダムとイヴとなり、神が与えた楽園で未来永劫、神と共に生きる事を望む。

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