【蛙茄子】



薄味のスープと一緒に窮屈な土瓶に詰まった、紫色の蛙のような茄子ような物


私は今まで、目の前で友人が恐る恐る口にしている、その「蛙茄子(かえるなす)」という食物を一度も食べた事がなかった。


食べた事がないばかりか、見るのも聞くのも正直初めてで、私はその蛙茄子が放つ耐えがたい臭気と見た目のグロテスクさに、腹ペコだった食欲が著しく減退していくのを抑える事ができなかった。


何故そんな物を食べるのか?


目の前で蛙茄子を食している友人も、ほとんど無理やりというか嫌々口の中に押し込んでいる惨憺たる有り様だった。


蛙が茄子になったのか、それとも茄子が蛙になったのか?


その辺の事情は生憎定かではないが、友人が言うには成人なら月に一度は食べなければいけない食物らしい。


私はまったくそんな事実を知らなかったが、驚くべき事に国の法でもそう定められているそうだ。


友人は雌蛙の卵巣を混ぜたマヨネーズを蛙茄子の頭からかけ、ぐっと鼻をつまんで、なるべく噛まずにほとんど丸飲みにして蛙茄子を食していた。


ただまったく噛まずに飲み込むと、後で胃の中で蛙茄子がピョンピョン飛び跳ねそうな気がするから、口の中で再度殺すイメージで、いくらかは噛んでから飲み込んでやるんだ、と私に講義した。


蛙茄子はその臭いと見た目もそうなのだが、何より食感が甚だ不快だという。


生のままの茄子の歯応えの後に、粘りつくような蛙の肉の弾力があって居たたまれないらしく、自分が成人でなかったら絶対に食べたくはない、と苦々しい顔をした。


そして、成人男子が蛙茄子を喰わないのは罪だ。お前なんぞは非国民なんだぞ、と終いには声を荒げて私を抗議し始めた。


蛙茄子を食べない成人男子にはこの世の何の権利も与えられない。


蛙茄子を食べるのは成人の証で、蛙茄子を食べる事以外で成人である事を証明する手段はない。


そう断言する。


ならば私は成人ではないのだろうか?


私は窮屈な土瓶に入れられたその蛙茄子という食物を眺めながら、この世のあらゆる権利を失って、そのうえにどんなお咎めを受けようとも、決してこの蛙茄子なんかは食べないぞ、と空腹を抱えて腹を括った。


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