第2話 【人形が取り残された家】


実家の二階にある床の間に、陶器で出来た老夫婦の人形と古いフランス人形があった。


どちらも母親が嫁いで来た時に、母方の実家から持ち込まれた人形らしい。


老夫婦の人形は母方の祖父母に顔がそっくりだったから、親しみが湧いて別に怖くはないけど、古いフランス人形の方はあまり良い趣味とは言えず、なんとなく気持ちが悪かった。


地元で年に一回ある「人形供養」の時に、その古いフランス人形を焼いて供養したら、その人形だけ青い炎を出して燃えていた。


材質の関係だと思うけど、そんな気持ち悪い人形でも長い年月を一緒に過ごした物にはそれなりに愛着があるから、人が死んで火葬になる時に似た湿っぽさが微かにあった。


母方の実家は女性が多い家系だからか、ずっと捨てずに長年大事にしてある人形がたくさんある。


母親の実家は祖父の代で八百屋を始め、母親の兄夫婦が跡を継いで住んでいた。


僕より歳上の従姉妹が二人いて、毎年ひな祭りの時期になると親族たちが集まり、家中の人形を飾ってみんなでお祝いをする。


二階の床の間の中央に古い雛人形を配置して、その周りにリカちゃん人形、キューピー人形、ディズニーやサンリオのぬいぐるみなど、古い物から新しい物までたくさんの人形を並べる。


そうすると床の間がすごく賑やかになり、近所の人たちも見に来たりしていた。


その人形だらけになった床の間でご馳走を食べたり、子供同士で遊んだりした。


たくさんの人形に囲まれていると、時々一人になっても人がいっぱいいるような気がした。


古い雛人形や日本人形は貫禄があり、ジッと眺めているとご先祖様の魂がそこに宿っているような感じがする。


古過ぎて顔にひびが入っている人形なんかもあったりして、ちょっと怖かったりもするけど、先祖に見守られているような安心感もあり、僕は母方の実家で過ごす雛祭りが好きだった。


八百屋の羽振りが良かったのかどうかはわからないけど、母方の実家は3階建てのビルみたいな建物で、母親の兄である叔父が野菜を仕入れに行く時に乗るバンには当時珍しい小型のテレビも付いていた。


従姉妹たちが買ってもらったボードゲームなどの玩具もたくさんあり、僕にとって母方の実家は裕福で賑やかで明るい自慢の家だった。


その明るさに惹かれて、お盆や正月の時も、この家に母方の親族たちがみんな集まって来る。


だから叔父が借金を苦に自殺した時は、信じられなかった。


それ以後いつも陽気だった家が嘘みたいに暗くなり、お盆以外で親族が集まる事はパッタリなくなった。


叔父がいなくなった事で生活空間にも空白が出来てしまい、叔父の部屋と床の間がある二階や従姉妹の部屋がある三階に立ち入る事はほとんどなくなった。


そんな母方の実家に、いつからか妙な置物が入り込んでいた。


用事があって一階のリビングに顔を出すと、リビングの中央に、金色の布袋様?


そんな置物がドカンと据えられていた。


つるつるの頭で目尻をニタリと下げて笑う福の神。


叔父が亡くなり、叔母の体調も悪くなるなどの不幸が続いたから、開運のための縁起物として買ってみたらしい。


縁起物なのにパッと見何故か気持ち悪くて、すごく不吉な感じがする印象の置物だった。


その置物のせいか、生活空間として一番明るかったリビングがさらに暗くなったような気がした。


開運とか縁起物とか関係なく、僕は感覚的に気持ちの悪いものを置くと、それがストレスになって運気が下がると思っている。


見る度に不快な置物だったから、この置物がある限りこの家は明るくならない気がした。


雛祭りの時に床の間に集まっていた人形たちは、二階と三階の使わなくなった部屋にずっと閉じ籠ったままになっている。


それからしばらくして叔母の目の病が進行してしまい、施設に入る事になった。


従姉妹たちもそれぞれの事情で家を出る事になり、母方の実家には今は誰も住んでいない。


誰もいなくなった家にあの気持ち悪い置物とたくさんの人形たちが供養されずに取り残されている。


たまにその誰もいない家の置物と人形たちの事が気になったりする。


人が住まなくなった家はどんどん荒れてくるから、あの裕福で賑やかで明るい自慢の家が、ただの廃屋になるのが嫌なのかもしれない。



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