第13話 【ゴータマ君】

オレの名前はゴータマ。

後に世界中で「釈迦」とか「仏陀」とか呼ばれている偉い人。

「空」っていう概念を思いついて悟りを拓いたら、世の中の出来事とか自分の人生に執着がなくなって、「生きる」っていう苦しみから解放されちゃったんだ。

それが世の中の人には画期的だったらしくて、みんなオレんとこに「教えて、教えて」って集まって来るようになったんだ。

まぁインフルエンサーの走りみたいな感じかな?

でもオレ自身はもう悟りを拓いちゃってるわけだから、オレのどこが凄いのか、何でみんなに「アンタは偉いね、マジ尊敬する!」って言われてんのかよくわかんない。

オレが考えた「空」って概念は、「有るようで無い」っていう状態の事。

簡単に言ったら「自分の存在がこの世に無いものだと思ってこの世を観察する」って事なんだけど、自分の存在がこの世にない状態でこの世の中を観察するなんて事は出来ないわけだから、かなり矛盾した事言ってるんだよね。

だからみんなホントは「空」なんて理解出来ない。

「有るようで無い」っていう矛盾した状態を実感するのは超難しいよね、みたいな感じになってるはず。

まぁ「空」を実感出来たらホントに悟りは拓けるんだけど、オレ以外で悟りを拓いた人ってぶっちゃけいない。

だから世界中で尊敬されてるわけなんだけど、実際はオレは世の中の役に立つような事なんて何もしてないよ。

悟りを拓いてなかったら、オレなんて家族を捨てて、王族のステータスも捨てて、一人勝手に旅をしてたただのホームレスだよ。

人々の人生に必ずついてくる「生老病死」の四苦をなんとかしたくて旅に出た事にはなってんだけど、本当は何不自由なく暮らせる王族の暮らしに飽きたんだ。

身の回りの事はほとんど従者にやってもらってたし、お金があるから仕事をする必要もない。

暇潰しに毎日城の中をブラブラして、何か有意義で楽しい事がないか探したんだけど、何をやっていいのかまったく分からなかった。

ある時なんとなく城の外に出てみたら、国のほとんどの人が貧しくて、お金がないからみんな忙しそうに働いてた。

お金がないと食べる物もあまり買えないでしょ?

だからみんな栄養のない粗末な物ばかり食べてて、病気がちな人が多かった。

毎日仕事するだけの人生を送って、歳を取って病気になって死んでいく。

王族だったオレは働かなくてもずっと生きていけるから、それを見てショックを受けたんだ。

自分一人だけ楽に生きている事がすごく恥ずかしくて、退屈しのぎに苦労でもしてみるか?と思って、家出したんだ。

誰の力も借りないで、自分一人の力で生きていく!

初めはそんな感じで意気込んでたんだけど、生まれた時から何でも人に世話してもらってたから、自分で何かやろうと思っても、何も思いつかないし出来なかった。

世の中の事をほとんど何も知らないから、適当な仕事にもありつけなくて、金がないから泊まる宿もなくて、城を出てからは飲まず食わずで、町から町をただ歩き回ってた。

でもただ歩き回ってても腹が減って疲れるだけだから、日照りや雨風がしのげそうな木陰とか岩屋とか廃屋に座りこんで、目を閉じてジッとしている事が多くなった。

その間とにかく暇だからいろいろな事を思ったり考えたりした。

“腹減ったなぁ”、と思えば、その後に“そもそも人間って何で腹減るんだろ?”とか、目の前を可愛い子が通ったりすると、“お!可愛い”と思った後に、“オレが可愛いと思ってる女の子の基準って何だろう?”とか考えたりする。

それでいろいろ考えてみて、自分なりの答えを出してみたりするんだけど、“これが絶対的な答えだ!”みたいなものは思いつかなくて、またいろいろ思って考える。

そんな事をやっていると、たまに誰かがオレに話しかけて来たりして、

「アンタ、こんな所で何やってる?」

「腹が減って疲れたのでジッとしてます」

「働いたらいいだろ?」

「何も出来ないので仕事が見つからないんですよ」

「だからと言ってここでボーッとしてても死ぬだけだろ、世の中の人はみんな働いて、おまんま食べてるんだぞ。お前も働け」

「働く気はあるんです。でもここでボーッとする以外何も出来ないから」

「しょうがない奴だな。余り物でもいいなら、お前にこれやる。食え」

そんな感じで食べ物をもらったりした。

「え?いいんですか!ありがとうございます!」

世の中はおかしなもんで、オレみたいな無能な者に興味を持ち、なにかと気にかけてくれる人が一定数いるんだよ。

「アンタ、もう服がボロボロじゃないのよ。それじゃ布切れと変わらないわ。乳首見えちゃってるもの。もうアソコも出ちゃいそうな感じじゃない。みっともないわ、これあげるから着なさいよ」

みんな働かないと生活に余裕がないのに、考え事をするだけの無能なオレに服までくれる。

これは一体どういう事だ?

「泊まる所や食べ物がなかったら寺に行ってみるといい。無料で泊めてくれて、無料で食事を出してくれて、無料で病気の治療をしてくれるぞ」

ただ座って、通りすがりの人と話すだけでそんな情報まで手に入った。

オレはそうやって何もせずに無能なままでいる事で、無能である事の力、無能の価値を知った。

みんな初めは、無能であるオレを哀れんだり、蔑んだりするんだけど、なぜかオレと接しているうちにだんだん安心して来て、オレに何かしてあげる事で優越感や満足感のようなものを感じるようになるんだ。

世の中の常識として、働いてお金を得るには何か人の役に立たないといけない。

人はそのお礼にお金を払って相手を評価する。お金がない場合は他の物や自分の特技などで返す。

だからオレも道行く人たちに何かお返しをしないといけないんだけど、無能なのでそれが出来ない。

でも無能な男に何かしてあげる事が彼らに優越感や満足感を与えているなら、オレはそれが既にお返しになっていると思った。

無能な状態が人の役に立つ。

何もしなくても施しを受けて生きていける。

これはオレにとって大きな発見だった。

それからオレは何も出来ない自分の無能を恥じる事なく、他人から施しを受けて生きる決意をした。

諸国をぶらぶら歩き、疲れては座り込み、誰かに話しかけられるまで目を閉じて湧き上がる思いたちを一つ一つ考える。

誰かに話しかけられたら施しを受けるチャンスだ。

笑顔で答え、家がなく食べる物もない、と、素直に無能である事をアピールした。

必ずもらえるわけじゃないけど、日に日にもらえる確率は上がっていった。

たぶんコツは相手の話に耳を傾け、何を言われても否定しない事だと思う。

否定しないと相手は安心してスラスラと話を続け、オレが知らない世の中の事をいっぱい教えてくれた。

それで人は満足する。

その後いろいろ考えた結果、オレが満たしているのは相手の承認欲求だと分かった。

自分は無能だ、この世にいてもいなくてもどうでもいい存在。

城を出た時のオレと同じく、世の中にはそう思って悩んでいる人たちがたくさんいて、そういう人たちが最上級に無能であるオレに話しかけて来る。

“何もせずにボーッとしているなんて、なんて無能で哀れなヤツなんだ。そうだ!コイツに何かしてあげて、自分は他人にとって有益な人間だと、自分自身を承認しよう!”

オレに近寄って来る人たちと話す度に、そんな心も読み取れるようになった。

オレは城で贅沢な暮らしをしていたから、今更贅沢がしたいとも思わないし、王族のステータスと家族を捨て働きもしないのだから、自分の人生に何の責任も負っていない。

何事にも執着していないから他の人より心が軽く、自分より他人の心や思考を優先する事が出来た。

要するにオレには“自分”ってものがない。

性欲もあまりなかったね。

性欲は人間の三大欲求らしいんだけど、オレの経験上、食欲と睡眠欲が満たされてないと湧いて来ないと思う。

ある時いっぱい施しを受けて満腹になったら、急にエロい事ばかり考え出して、「マーラ」っていうチンチンのお化けみたいなヤツに頭の中を支配されそうになった事があった。

それでも腹が減って来るとすぐに収まったよ。

とにかくオレは食べる事が出来なかったら野垂れ死にするまでずっと暇だった。

オレには暇を持て余した“命”という、自由な時間だけがある。

この自由な時間を使って世界を観察、観想して、この世界と他人をずっと承認して来た。

これがオレに出来る唯一無二の社会貢献。

このサービスが当たって、オレは家も金も持たずに、一生施しだけで生きていけるようになったんだ。

その後、オレのこのおかしな生き方に興味を持った人たちが「弟子にしてくれ!」とオレの所に集まって来るようになって、オレは自分のこれまでの生き方を「悟り」とネーミングして弟子たちにアドバイスした。

オレがアドバイスすると、弟子たちはみんな喜んでオレの話を聞き、お礼にオレの身の回りの世話をしてくれた。

結局オレ自身は生涯無能で、城にいた時と何も変わらないわけなんだけど、死んでからも「アンタは偉い。マジで尊敬する!」って、みんな言ってくれるから、人生ってホント不思議だと思う。

天上天下唯我独尊。

これはオレが生まれた時に言った言葉らしいんだけど、多少自惚れると、オレは無能でも生き居続ける事が出来る運命を持って生まれて来たんだと思う。

それが誰にも真似出来ない事だったから、たぶんオレはみんなに尊敬されてんだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る