第31話 【ロトの血を引く者】


16歳の誕生日を迎えた朝。


「もう起きなさい。あなたはロトの血を引く勇者です。この国を救う事が出来る唯一の存在です。立派になりましたね。もうすぐこの国の王様があなたの旅立ちを祝して迎えに来ます」


突然母がそう言った。


食卓にはコンビニで買った安いワインとチキン、それにケーキが並んでいる。


席について母と乾杯すると、玄関のチャイムが鳴った。


「どうやら王様が到着したようです。粗相のないようにね」


母が玄関のドアを開けると、そこにスーツ姿の王様が立っていた。


「おお、ロトの血を引く勇者よ!この時をずっと待っておったぞ!そなたを迎えに来た。準備が出来たらすぐに出発だ!」


パジャマ姿だったボクは母が用意した服に着替え、王様と一緒に家を出た。


そのまま黒塗りの車に乗せられ、王様の住んでいる屋敷に連れていかれた。


「ロトの血を引く勇者よ。これからそなたは魔王を倒す旅に出かけなくてはならない。そのための装備や道具はこちらで用意してある。そなたの先祖たちが使った伝説の武器だ。受け取るがいい」


王様がボクに渡したのは、筒状の金属と重いベストだった。


「使い方についてはそこの兵士に聞け。使い慣れるまでは多少の訓練が必要だが、ロトの血を引くそなたなら必ず使いこなせるはずだ」


ボクは側にいた兵士から武器の使い方を教わり、屋敷の訓練場に移動してうまく使いこなせるようになるまで特訓した。


「さすがロトの血を引く勇者だ!魔王を倒せるのはそなたしかいない。魔王の場所までは兵士が案内するから、準備が出来次第さっそく旅立つのだ」


ずっと引きこもりだったボクがロトの血を引く勇者。


正直実感はないけど、母やこの国の王様にそう言われるとなんだか嬉しい。


武器はうまく使えるようになった。


ボクが魔王を倒す。


「頼んだぞ!ロトの血を引く勇者よ!」


王様に見送られ、ボクは兵士が運転する黒塗りの車で魔王のいるところへ向かった。


車はどこかの駅前のバスプールに止まり、兵士がそこで街頭演説をしている男の人を指差した。


「あれがあなたが倒さなければいけない魔王です。普段は手下たちがしっかりガードしているので手を出せませんが、今日は手下の配置が緩く、魔王も油断しているのでチャンスです。背後から魔王に近づき、慎重に狙ってその武器を撃ち込んでください!」


スーツ姿の魔王は力強く演説を続けていた。


周囲には魔王の演説を聴きに来た人たちもいる。


その人たちを巻き込んではいけない。


ボクは背後からゆっくりと魔王に近づいていった。


魔王に狙いを定める事が出来る距離まで来た。


武器を使うと大きな音がするので、一発撃てばすぐに周囲に気付かれてしまう。


出来れば一発で魔王を倒したい。


ボクは隠し持っていた武器を取り出し、魔王の背中に向けて慎重に狙いを定めた。


ドゴォン❗


爆音と白い煙が上がる。


魔王がよろけ、すぐ側にいた手下がボクに気付いた


ドゴォン❗


よろけた魔王に、すぐに二発目を放った。


魔王がその場に崩れ落ちる。


どうだ?


倒した?  


ボクはそのまま駆けつけた手下たちに囲まれ、すぐにその場で取り押さえられた。


大勢の悲鳴と怒号で辺りが騒然とし、ボクは魔王の手下たちに連行されてパトカーに乗せられた。


ボクはロトの血を引く勇者で魔王を倒せる唯一の存在。


母と王様がそう言うから魔王を倒してみたけど、これからボクはどうなるんだろう?


世界が平和になってみんなに感謝されるんだろうか?


でもボクは今、魔王の手下たちに捕まっている。


母や王様、兵士は何をしているんだろう?


誰もボクを助けてくれないんだろうか?


魔王の手下たちにパトカーで連行されて、ボクは牢屋に入れられた。


犯行の動機、武器の入手経路、生い立ち、思想などを魔王の手下にあれこれ聞かれ、ボクは本当の事を全部話した。


ボクはロトの血を引く勇者で、魔王を倒す事が出来る唯一の存在。


誕生日の朝に母にそう言われ、王様が迎えに来て武器をもらい、兵士に使い方を教わって訓練し、魔王のところへ移動して倒した。


尋問される度にボクがそう説明すると、魔王の手下たちは「そんな荒唐無稽な話が信用出来るか!」と、怒鳴った。


魔王の手下たちが言うには、ボクが魔王だと思って倒した人はこの国の元総理らしい。


母の素性についてもいろいろ聞かれたけど、ボクは子供の頃から一緒に住んでいる事以外、母についてはほとんど何も知らなかった。


魔王の手下はボクの母を新興宗教の信者だと思っているらしく、ボクたちが住んでいた部屋はその教団が管理している施設内にあるはずだとボクに問い詰めた。


魔王の手下が一番気にしているのは、ボクに武器をくれた王様の存在で、王様の本当の名前とどんな顔をしているか?


それをしつこく何度も聞いた。


王様は王様だ。


みんな知ってる王様だ。


ニュースでよく観る王様だよ。


ボクがそう言うと、「それはありえない」と否定される。


それはあってはならない事らしい。


本当の事を言って信じてもらえないなら、ボクはどうすればいいんだろう?


ボクは牢屋に入ったまま、精神鑑定を受けて有罪になった。


ボクの記憶は全て妄想。


ボクはロトの血を引く勇者ではなく、妄想性人格障害者だった。


そしてニュースの報道はロトの血を引く勇者が魔王を倒した物語を、元総理が襲撃されたテロの物語に書き変えた。


魔王は王様に国葬され、悲劇の総理大臣として伝説になった。


















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