第37話 【始発に聴いた亡霊のバラード】



東武東上線の始発を待つベンチの男は


きっと酔いどれの亡霊だったのだろう


上機嫌な俯き加減に変な外連味があるのですぐに解った


(お前も俺も被害者でよかったんだよ)


その男は乗るつもりのない始発をやり過ごし、ベンチでそう繰り返していた


(加害者になんかなったらどんな顔していいか解らないぜ)


未成年の頃は暴力を繰り返し、いつも鑑別所の壁が近かったそうだ


「すいません」と力無く笑って、意味もなく土下座するのが得意だったらしい


(すぐに「すいません」って言う人間が一番危ないんだよ)


酔いどれの亡霊は明け方になるといつもそうやってベンチでいる


初めて人の親になった時の記憶を、始発を待ちながら何遍も何遍も繰り返している


そんな亡霊のバラードを僕は一人始発で聴いた


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