【エツ】
深々とボタ雪が降る夜更けに、またエツが電話ボックスで暖をとっている
こたつに潜っている僕の部屋にテレフォンカードが押し戻されるピピピ、ピピピ、という微かな機械音が何度も響くから、気になって窓の外をそっと覗くと、エツが白い息を吐いて受話器に微笑んでいた
曇りガラスの電話ボックスでエツは一足先に春を見つけたのかな?
着こんだダウンコートが透けて妙に艶かしかった
「テレクラ」も「援助交際」もエツにとってはただの手段で、その記号が持つ後ろめたさには無頓着なところがあった
丙午に生まれた女の呪縛と華奢な身体にのしかかる過酷な雪国の事情が起こした衝動にただ身を任せているだけ
だからエツが言い訳としてつぶやく「退屈」の二文字は切実だ
ジャラジャラしたアクセサリーに一つだけお守りを混ぜてぶら下げては何かを期待している
事が発覚したエツは家族が揃った茶の間の団欒の檻に入れられ、反省を促され、今後二度と運命に逆らわない事を約束させられた
幼馴染の僕にしか擁護できないアマノジャクな気質がエツなんだ、そうみんなに納得して欲しかったけど、エツは春に「ふしだら」というあだ名をつけられて学校を追われた
そのうちエツに会わなくなり、その姿もあまり見かけなくなったけど、全然寂しくはなかった
むしろいなくなって、人知れずどこか遠くへ逃げてくれればいいなと思った
僕には幼馴染の勘があるからエツを探し当てるのは簡単だ
エツを逃がしてやる事の方がよっぽど難しい
生真面目で気難しい雪国で生きるには、エツは天真爛漫すぎる
絵津子だったか、江都子だったか、どっちか忘れたけど、いつも悦に耽ってるからエツだろう、って半分冗談でそう呼ぶ事にしたんだった
また深々とボタ雪が降り出した頃、いないと知りつつ僕は夜更けにそっと窓の外を覗いてみる
エツが使わなくなった電話ボックスは無用の長物で、降る雪にまかせてただ埋もれていくばかりだった
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