【浪花、ともあれ】
無神論者が唯一拝んだり縋ったりしていい神様があるとすれば、それは「ビリケンさん」じゃなかろうか?
散々酔った千鳥足で新世界へ辿りついた我輩は、そう思い立って朝焼けの通天閣を素手で登る。
やっとこさ登りきると、浅黒いエビス顔のビリケンさん。
おはよ~さん、ごくろ~さん、と、けったいな酔っぱらいのド阿呆でお馬鹿な我輩を陽気に労う。
せやかてアンタ、勘違いしたらあきまへんで。わては確かに“ビリケンさん”ゆうて、ここいらの皆からごっつエライ神様みたいに思われとるけどな。
ホンマはそんな大したもんやおまへんねん。
わてはアンタもよう知ってはる“資本主義”ゆうて、わざわざ米国からこの浪花の地に新しい金儲けっちゅうのを吹き込みに来た、言わばがめついビジネスの宣教師みたいなもんやな。
せやさかい、なんぼほどわてを熱心に拝んだかて商売繁盛を必ず約束するなんて事はようでけへんで。
わての務めは商才のないヤツに夢のあるホラ吹いて商売繁盛を強制する事やねんから。
こうして毎日ニンマリ、ニタニタと笑ろて、不景気な顔なんかようしまへんわ。
わての母国の商人根性を日本人にも見したらな思て、とにかく陽気に笑ろとかなしゃあないのよ。
せやさかいアンタ、わてへのお賽銭はタップリ弾まなあかんで。5円や10円が相場やゆうてケチっとったら罰当たるぞ。
福沢さんの一枚でもほってくれたらな、そりゃわてかてそれなりにご利益あるよう、そらアンタ頑張るがな。
陽気でシビアなありがたいお言葉である。
我輩はなけなしの有り金を全部と柏手を三べん打ち、ビリケンさんにペコリと頭を下げて通天閣から飛び降りた。
メリケン粉がそっと受け止めてくれる淡い期待を胸に、頭をポリポリ、小賢しい世間の忌々しい痛点を掻く。
見渡す新世界の春風に乗った潔さに、
浪花、ともあれ!
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