13.ほつれ目

 七階から五階におりるくらいまでは段数を数えてたけど、急にバカらしくなってやめた。そろそろ音が鳴ったって式場には届かないくらい遠くなったと思うし、そんなこともどうでもよくなるくらい長かったから。

 外に出たら、意外と暗かった。寒くなる時期には暗くなるのも早くなる、ってクロックがいつか言ってたのを覚えてる。だから今年も「ユキ」ってやつがふるのを楽しみに待つ。おれはこの十年間で十回冬を経験してきたけど、その「ユキ」っていう白いこながふるのは見たことなかった。この村は蒸気でいっぱいすぎるから「ユキ」も一緒に蒸気になっちゃうらしい、ってことはつまり、見るにはやっぱり外に出るのがいいってことだ。大きくなったら見に行けたりするのかな、それとも今年はどうしてか見えたりするのかな。

 こうやって空を見上げてむりやり楽しいことを考えてみるけど、やっぱり頭の裏側では黒に包まれた村人の群れを思い出しちゃって辛くなる。おれは今、何が原因で苦しくなってるのか、自分のことなのに全然わかんなかった。ローザが死んだこと? それでクロックが悲しそうにしてること? ヨウギシャとして村長ににらまれること? そんなこと関係なくって、ユリシスにきらわれてること? それとも、おれだけが人間だってこと? もしかしたらもっともっと別のところにあるのかもしれないけど。

 今まではうまくやれてたと思う。ちっちゃかったときは今よりせまかった。クロックがずっとおれをかくしてくれて、誰にも会わないようにしてくれて、だから何もなかった。おれが勝手に外に出たときは今よりたくさんの石を投げられたし、なぐりかかってくる子どもだって大人だっていた。だから広くなった今がうれしかったのに。ちょっと前には笑いかけてくれたり、一緒にあそんでくれたりするようになって、たぶん、あのままいってたらおれは完全にホンモノの村人になれたんだと思う。大きくため息を吐く。

 おれと同じ年くらいの首の上に虫がのった男の子とか、金色の水そうに二匹金魚がおよいでた女の子とか。おれと同じかもっとちっちゃい子どもたちはおれのことをこわがらないで、おかしいとも思わないで話しかけてくれた。だから、そこからすこしずつオトモダチの輪も広がってたはずだった。だってあの子のお兄ちゃんは仲よくしてくれてたし、あっちに住んでるあの子のお母さんはおれにクッキーをやいてくれた。みんなでおにごっこをして、かくれんぼをしてあそんでた。暗くなって夕方になって、広場にみんなの親がむかえに来るまでずっと。

 おれが人間でも、何も関係なんてなかったのに。

 でもどうだろうってさっきの式のことを思い出す。仲よくしてくれてた子どもたちはどこにも見当たらなかった。そうだよな、もう、会えないんだよな。息が浅くなってきたから、マスクを外す。口の中に一気に冷たいしめった砂が入ってきてイヤだった。ふと、手のひらを見る。クロックがくれた黒の革手袋は、ずっと昔から変わらないで真っ黒なままだ。

「なあ、おれの手は汚いかな?」

 つぶやいてみるけど、当然誰も答えてくれない。誰もいないし、いたところで誰もおれの言葉なんて聞かない。

 あんなに楽しかったのに。楽しくなってきてたのに。おれはまたひとりぼっちにもどった。ばらばら事件の女の子もそうだったのかな。おれのときよりもっとみんなやさしかったかな。イブツカンはなかったかな。そうだったとしたら、おれは本当にひとりってことになる。それは何となくイヤだった。

 こんな話をクロックにしたらきっと「私がいるでしょう」なんて言うんだ。あれは……おれにとって安心させてくれる言葉じゃない。クロックがいるってのは確かに安心できるんだけど、あの言葉は好きじゃなかった。隣にいてくれたって、それはおれがニセモノってことを強調するだけで、強く意識しちゃうだけで。ふたりでいる時間はあんなに大好きなのに、ふたりで外に出るととたんにそれが裏返しになる。

 下くちびるを思いっきりかんだ。痛かった。

 周りには誰ひとりいないってのに今でも視線を感じる。仲よくしてくれるヒトだっていたってのに、ローザが死んでからずっとこうだ。たぶん、村長がおれをヨウギシャだって言わなくても、村人はみんなわかってるんだと思う。この空気で、この殺人って事件だけで、全部。十年前の事件がまた起きてるんだって、みんなそう思ってるんだろうな。ゼッタイおれじゃないのに。

 あんなに楽しく笑い合ってたのはウソだったの? おれと一緒に走り回ってたのは、あれはみんなじゃなかったの? おれの作り上げたニセモノ?

 無意識にため息があふれ出る。どこで間ちがっちゃったんだろう。全部あってたのに、うまくいってたのに。どこでほつれたんだろう。

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