7.黄金

 次の日の昼だった。外がさわがしくてリビングから窓の外をのぞいてみたら、たくさんの村人が集まってた。もちろんその中におれみたいな人間の頭は、ひとつもない。

「なあクロック、今日って何かあるんだっけ?」

「ほら、今日は蒸気機関車がこの村に停まる日ですからね」

 この村の技術で完成させたはずの金色の蒸気機関車は、やっぱりこの村のヒトたちがフツウじゃないからって人間にセンユウされたらしい。だからこの村にこいつが停まるのは数日に一回とか、ひどいときは数ヶ月に一回とか。そんなんだったらおれでも人間ってイヤなやつだなって思う。

 こんな便利な機関車は何年も前にできあがって人間にうばわれたってのに、ここの村人たちは来るたび来るたびちゃんとメンテナンスしてるっていうからすごい。おれだったらばっくれちゃうけどな。たぶん、そういうこともあるから人間であるおれはきらわれてる。

「――ってことは、ユリシスが帰ってくるのか?」

「あぁ、失念していましたが、そうなりますね」

 クロックが外に出るって言うから、おれもマスクをかぶってついてった。そしたらちょうどユリシスがおりてきたタイミングだったみたいで、村人がどっと機関車に押しよせるのが見えた。取り囲まれた真ん中にいる、頭の代わりにそこに青いチョウがいるのがユリシスだ。けむりを浴びて汚れたみたいな緑色の軍服っぽいのを着てて、背中の方には同じ色のマントが下がってる。首元にはゴーグルがあるんだけど、かけてるのは見たことない。

 村の中でも特にユリシスがおれをきらってるらしいってことは、ずっと前から知ってた。あんまり会ったことも話したこともないのにきらわれるなんて、意味わかんなかったけど……ローザのことを知ったらどうなっちゃうんだろう。きっと村長はクロックにしたのと同じ話をユリシスにもするはずだ。だからユリシスはおれを犯人と思うはずで、そしたらもっともっとおれのことをきらいになる。そうなったらおれは、殺されちゃうかな。でもそうなら、やり返す権利だってあるはずだよな。

 そんなことを思いながらチョウ頭をながめてると、そいつがこっちを見た。思ってたより歩くのが早くて、見つからないようにかくれるのがおくれた。

 そいつはおれを見るなり舌打ちした。

「まだいるのかクズめ、父上は何故許している」

 きゅっとくちびるを結んだ。腹が立つ。

 どうしてわかってくれないんだろう。おれだって、自分が人間じゃなかったらって、みんなに許してもらえたらって、ずっと悩んできたのに、あいつはそれをカンタンにつぶしにくる。おれの心臓に近いところを的確につきさしてくる。本当にイヤなやつだ。

 どんな村人ともわかり合いたい、仲よくなりたいって思うけど、あいつだけはゼッタイにきらいだった。一回だって話したくないし声も聞きたくないし、顔も見たくない。おれは虫がきらいだった、特にチョウが。

「おい」ユリシスは、近くに走ってきた秘書みたいなヒトに話しかけた。「状況を報告しろ、僕を呼び戻した理由は?」

 コウアツテキなしゃべり方で、秘書がちぢこまる。だんだん声が小さくなってって、またユリシスに怒られる。かわいそうだ、あんなやつにつかえてるなんて。

「要領を得ないな、わかりやすくひとことで言え」

「その、誠に申し上げにくいのですが」何回目かのそのセリフを言って。「ユリシス様の妹君について――」

「何、ローザがどうした」

 妹って言葉があがった瞬間、ユリシスの態度が変わった。あせってるみたいな、イヤな未来を感じ取ったみたいな。

「その、ローザ様が……お亡くなりに、なりました」

 言ってからその場にくずれ落ちる秘書と、そのままかたまったユリシス。手に持ってた大きな手さげバッグを取り落として、ドサッて音が鳴る。本当に時間が止まっちゃったみたいだったけど、隣にいるクロックの秒針だけはしっかり時間をきざんでた。

 ユリシスは小さく「ローザ」ってつぶやいてから、急に走り出した。方向は村長の家――というかユリシスの実家――だった。

 家の前にはあとカソウを待つだけのヒツギがあって、そこにはもちろんローザがいる。ユリシスは長方形の箱を見ると、そこに手をついて、ローザの顔の辺りにある小窓を開けて……それから泣き出した。声を上げて泣く大人なんて、見るのは初めてだった。

「あぁ、あぁああ、うぅっ、ローザ、ローザぁ……」

 その場にくずれたユリシスから、黄金のリンプンがこぼれ落ちた。はらはらと舞って、砂と同じになる。村長がかがんで、頭の青い水がチョウと同じ高さになる。肩に手を置いて何かささやいてる。周りの秘書とかオトモダチとかがユリシスの背中をさすってる――。

 ふと、世界に置いてけぼりにされたようなサッカクにおちいった。おれはどこ行ってもひとりで、味方なんていなくて、おれだけが別物だった。

 みんながバッと振り向いて、おれをにらむ。冷たい視線がつきささる。人を殺すときみたいな目だった。こんなときばっかりみんなの顔が人間に見えるのはどうしてだろう。息ができなくなる。

「……おれ、おれじゃ、おれじゃない」

 わかってる、今おれが見たのはニセモノだ。おれが自分の中で作り上げたゲンカクだ。わかってる。わかってるけど、でも、そいつらがずっと責めてくる。足がふるえる、息が止まる、立ってられなくなる。

「おれがやったんじゃない」

 誰かにのっとられたみたいに、ずっと小声で言い続ける。

「おれはやってない、おれは……おれじゃないおれじゃない、おれじゃないおれじゃないおれじゃないおれじゃないおれじゃない」

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