6.もしも
あの後おれはひとりで走って家に帰った。周りにいる真っ黒の村人たちがおれを責めるみたいに顔を向けてるように見えて、走った。早く帰って、部屋にこもって、全部忘れたかった。もうこわい思いなんてしたくなかった。
部屋ではランプはつけないでいた。ここは三階だけど、いつ窓に石が投げられるかってびくびくしてた。まだ村長とクロック以外は、ローザを最初に見つけたのはおれだとか、だからおれが犯人かもとか、そんなことは知らないはずだけど、それでもおれがヨウギシャだって思われてる気がしてこわかった。
しばらく毛布にくるまってぼうっとしてたら、下の階から玄関が開く音がした。それからふたりの男の声。クロックと……村長の声だ。おれは思わず部屋のドアを開けて聞き耳を立てた。
「村長、どうしてユウを疑うのです。ローザは、その……首を吊って死んでいたのでしょう? それなら自死の可能性だって充分に――」
階段をのぼる足音ふたつ。
「クロック、あなたはおわかりだろうが。あの子はそんなことをする子じゃない。あれは違う」
「どうしてそう思われるのです?」
ろうかの壁にうっすらオレンジ色の光が反射する。
「ドレスには血が染み付いていたが、あれは彼女自身の血だった。あなたのところのと違ってな。腹に銃で一発だ。首を吊ったのはローザが死んだ後、もしくは攻撃して気絶させた後と考えるのが妥当でしょうな」
ぴた、と足音が止まる。
「……では、つまりローザは自殺ではなく、他殺だと?」
「その通り」
また鳴りはじめる足音。
「だからわしは言ったのだよ、人間は拾わず殺すべきだと、あれほど」
「いや、しかし――」
声がふたつ、近づいてくる。
「クロック、前例があることをお忘れか。首が切り落とされ、四肢をばらばらにされていた死体のことを、もうお忘れなのか」
「……もちろん忘れてはおりませんとも。あの少女のことですね、十年ほど前でしょうか」
「そうだ。事件の後、もう二度と姿を見せないあのガキのことだ」
「お言葉ですが村長、今回のローザの事件に関してはあの子の――ユウの仕業であるという証拠は何ひとつないでしょう」
ランプの反射がどんどん明るくなってくる。
「クロック、あやつは自分で認めたのだぞ」
「認めた……? あぁ、あの子は優しい子ですから、私たち村人の中に犯人がいれば何かしらの騒動が起こるだろうと予想し、それを嫌ってのことでしょうね。断言します、彼はやっていない」
「しかしだな……」
ドアの音がして、ふたりの声はくもった。おれは息を止めて部屋にもどる。ベッドの上の毛布を引きずりおろして、床に転がる。床に耳をつけてみれば、何となく、何を話してるのかわかる。ずっと平行線だった。村長はおれが人間だから、イブツだからずっとうたがってる。でもクロックはそれを否定し続けてる、おれのことを信じ続けてくれてる。強くかばってくれてて、でも、どうしてそんなにおれを信じるんだろう。おれは……おれだけが人間なのに。
少しくらい考えちゃうことがある。もしおれがここで生まれ育ってたら、って。もしもあいつらみたいな頭だったら、どうにか人間じゃなくなれたら、って。
ベルトにはさんだ針を取り出して、鏡代わりにのぞきこむ。何があったって変わるわけないけど、そこに映るおれを見て、大きくため息を吐いた。
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