18.半分
クロックがおれたちの朝食を盛りつけてくれてる間に、おれはパンをトースターに入れる。じりじりいいながらやけてくパンを見てるのは、ちょっとおもしろい。ケルツェは棚からスプーンとフォークを出して、テーブルに並べてる。
「それで、ケルツェが拾ったでかいヒントって何なんだ?」
おれはいつもの席に座りながらきいた。ケルツェの頭の火がふわっと不安そうにゆれて、それからすぐまたいつも通りにもどる。クロックの方を確認してから、ケルツェはおれのななめ前に座った。そこは確か、いつもはローザが座る席だった。
「ん、そうだったな。あんたにとってこれが朗報になるか、それとも聞きたくなかったと思うか……そりゃあたしにはわかんないけどさ、とりあえず、検査結果が出たんだよ」
「……ケンサケッカ?」首をかしげた。
「あぁ、そうさ。あんた知りたがってただろ、自分の血がどこから来たのかってさ」
そう言われてはっとした。
少し前に、おれを拾ったときについてた血をクロックがとっておいてたってのが発覚して、それを検査にかけたいって言ったのは……クロックだったっけ。どうしてもおれの正体をおれに教えたいって言ってくれたのはうれしかったんだけど、それが、早くおれを追い出したい、に聞こえそうになってこわかった。でもこうやって答えが出たよって言われたら、気にならないなんてウソだった。
「そっか……じゃあ誰の血がついてたのか、ってのがわかったのか?」
「いいや、それだけじゃないさ」ケルツェは楽しそうに人さし指をちっちっちっ、って横に三回ゆらした。「あんたの血も持って行っただろうが?」
そうだ。あの日ケルツェが持って行ったのは、クロックが大切にしてたその血だけじゃなくて。確かにおれのうでからのも持って行ってたんだった。そんなのとって何するのか、何したら何がわかるのか、おれには全部わかんなかったしひとつも教えてくれなかったけど。
「それで」いつの間にか盛りつけが終わってたらしいクロックが、一回に三皿持ってこっちに来た。「何かわかったということですよね? 結果は、どうだったんです」
何となく、このテーブルの周りに冷たい、氷でできた糸みたいなのがあるような感じがした。ぴんって張られてて、さわったらすぐにわれちゃいそうな。だからおれは無意識に息を飲みこんだ。
「まずはあんたが被ってた血の話をしようか。あれは……ここの村人のもんだったらしい」
「それって、つまり、どういうことだ?」
「おかしいと思うだろ? だからあたしももっと深くまで調べたんだ、そしたら――」
「そしたら?」
ケルツェのちょっとイヤなところだった。こうやっておれが聞きたがってることは、少しずつ、ゆっくりでしか教えてくれない。早く早くって、おれがそうやってるのを楽しそうにしてるのは、あそばれてるみたいで、他のヒトたちを思わせるから好きじゃなかった。
「それがさ、ばらばら死体と同じ血液だったんだよ」
「――つまりユウは、あのばらばら事件に居合わせていた、ということでしょうか」
「いやぁ、あたしだってその瞬間に飛んで確認したって訳じゃないからそこまではわかんないさ。しかしまあ、あの事件に何らかの関連があるってことははっきりしたね」
おれだけ置いてかれてる気分だった。やっぱりおれは人間だからダメだったんだ。あの人間の女の人と同じで、同じ道の上にいるんだ。そんなふうに思った。ヒートアップしてるらしいケルツェは、声が大きくなってくる。押しつぶされるようなサッカク。
「それともうひとつ、あんたの血液についてだ」
話題は変わるみたいだけど、おれは反応できなかった。持ち上げたままのフォークを、いつの間にか落としてたらしかった。
「あんたはね」ケルツェの頭の火が大きくゆれて、その熱がおれにも届く。「人間なんかじゃないよ」
「――は?」
「正確には、人間とあたしら村人との半分こ……そうそう、ハーフってとこだ」
変なことを聞かされて頭が動かなくなってたのに、もっと意味わかんないことを言われちゃったからおれはもうパンクした。何を言われたのか全然理解できなくて、ただ、目の前のゆらゆらしてるロウソクを見てることしかできなかった。信じられない。
「それって、その、本当なんですか?」クロックの声が左耳から入って、右耳から出てく。
「あぁ、もちろんさ。これをどこから聞いたと思う? そう、ユリシスだよ。彼は嘘なんかつかないんだから、つまり、この情報は絶対だ」
またその名前だ。もっともっと信じたくなくなってく。
「この村以外に似たような場所がないなら、あんたの親のどっちかはこの村のやつってことになるな」
「しかし人間だってこの村にはいないですし、外側に出られるのは村長家の者だけ。となると――」
「そうさ、あの人間の女があんたの母親だって可能性が極めて高いんだ。あたしの見立てによるとね」
お前はヒトゴロシの子だ、って言われてるみたいで苦しくなった。お前はヒトゴロシだって言われるのはここ三日くらいでなれてきてたけど、ちょっと変わるだけでこんなにもちがう。頭の中がぐらぐらしてふわふわして、わかんなくなって……おれの記憶はここで止まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます