17.比喩

 いつもは、クロックが朝ご飯を作るときに動き始める機械の音で起きる。この村は全部全部、蒸気で動いてるから何をするにも、しゅーって何かが抜けてくみたいな音がついてくる。それも、けっこううるさい音。

 でも今日はそうはいかなかったらしい。あんなにうるさくされても起きなかった。夜中に目が覚めちゃうことなんて今まで何回もあったけど、蒸気の音で起こされなかったことはなかった。やっぱりそれだけつかれがたまってたってことのかな。いろいろ、そう、いろんなことがたくさん起きてたんだから。

 ちょっとだけ開いてた窓から風が入ってきて、カーテンがふわふわしてる。いつもなら何とも思わないようなそんなことも、ちょっとだけ腹が立つ。だから思いっきり窓を閉めて、カーテンも閉めてやった。ランプをつけないと朝でも暗い季節になったけど、でもおれはそのままベッドの上に座って、毛布を肩にかけてた。ため息を吐くと、ちょっとだけ白く見えた気がしたけど、気のせいかな。近づいてる冬を感じる。

 右手を見てみると、おれが子どもだからか、意外と傷の治りなんて早いもんだなって思った。もうただのかさぶたになってた。でも治りかけって、ものすごくイヤだ。何だかかゆいし、引っかかるし、かさぶたなんてむくためにあるみたいなもんだし。左手でそれをなでてみるけど、やっぱりかいちゃう。クロックにバレたらなんて説明しよう……めんどうだから、やっぱり気にしないでおけたらいちばんいいんだけどな。

 毛布から出ると、このあったかさの代わりに冬始まりの寒い空気に包まれるから、それがイヤで動けない。もうそろそろご飯の時間だろうし、本当は早く着がえなくちゃいけないんだけど。なんて考えてると、下の階からいいかおりがしてきた。今日の朝ご飯は何かな、トーストとココアに、目玉焼きとか?

 こんこんこん、ってノックがみっつ鳴る。「ユウ、起きましたか?」

 しかたないから、毛布にくるまったまま立ち上がってドアを開ける。予想とちがって、朝食も何も持ってないクロックがドアの前にいた。

「おはよ、クロック。ご飯は?」

「おはようございます、ユウ。朝ご飯は一緒に下で食べましょう。おや、まだ着替えていなかったのですね。早くなさい、お客さんが来ていますよ」

「……おれにお客さん?」

 言ってから、クロックの後ろだけふしぎに明るいのが見えた。何だろう、誰かのランプが後ろを照らしてるみたいな、誰かがロウソクを持ってクロックの後ろにいるみたいな。あ、もしかして?

「よっ」言いながらひょこっと顔――いや、顔って言うのが正しいのかはわかんないけど――を出したのは、クロックと同じくらいおれによくしてくれる女の人だ。「久しぶりだな、ユウ」

「ケルツェ!」

 両手でにぎってた毛布をぱっと捨てて、ケルツェに抱きついた。かたすぎるくらいのクロックなんかよりずっとずっとやわらかくてやさしくて、それにあったかい。大好きだ。お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなって思う。

 ケルツェの頭はロウソクで、いつもくすんだガラスみたいな青のドレスを着てる。動きやすいのかわかんないけど、スカートみたいな部分は前が短くて後ろが長いタイプ。年は、おれより八つ上だって聞いてる。だから十八だと思うんだけど、おれと八つしかちがわないのにケルツェはとんでもなくしっかり者だ。村中あちこちかけ回ってたくさん情報を集めてるらしい。それが何になるのかおれはよくわかってないけど、たぶん、村人のためにいろんなことをしてるんだと思う。この前仕事について聞いたら「あたしはタンテイみたいなもんだ」って言ってたから。

「ケルツェが、君に話を持って来たのだそうです」

「そうさ。情報をひとつ拾ったからね、あんたに話しておかないといけないんだ」

「情報を拾った? おれについての話? そんなことあるの」

「そうそう、とにかくでかいヒントを掴んだよ。あんたも知らなかったはずの、あんたの話をさ」

 おれでも知らないおれのことってなると……おれの昔のことかな。どうしてこの村に捨てられてたのかとか、どうして傷もないのに血まみれだったのかとか、そういうやつ。

「教えてくれっ!」おれが言ったすぐあとに腹が鳴って、ふたりが笑う。

「そうですね。ユウの言う通りです、その前に朝食にしましょう」

「おれはそんなこと言ってないぞ!」

「ははっ、そうだな。あたしも朝食まだなんだけどさ、クロック、あたしの分もあるか?」

「もちろん、ありますよ。来るとわかっていましたからね」

「おいっ、ムシすんなよ!」

 三人で茶番をしながら階段をおりてく。暗かった部屋もおれの心も明るく照らしてくれるんだから、ケルツェの火はすごい。おれの世界にはクロックとケルツェのふたりがいれば何だっていい、そんなことも思っちゃうくらい大好きなんだ。このふたりにはさまれてたら、おれだって人間じゃないみたいに思えてくるから、仲間になれたのかもって感じられるから。

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