16.かたむく

 頭まで毛布の中に入ってたはずなのに、窓からさしこんだ月の光で目が覚めた。起き上がるなんてしないでもう一回って、毛布をかぶって目をぎゅっとつぶった。それでも最近のいろんなことがまぶたの裏側に映画みたいに映し出されて、お前は忘れちゃいけない、殺したのはお前なんだからって責められてるみたいで、目を閉じてるのがイヤになった。ローザのことがなくたって、お前だけが人間なんだって押しつぶされそうになるんだから、やっぱり夜はきらいだった。

 こんなときは決まって、なみだが出そうになる。でも出そうになるってだけで、本当に出ることはゼッタイにない。理由はわかんないし原因だってわかんないけど、もしかしたらとっくの昔になみだなんてのは枯れきっちゃったのかもしれなかった。おじさんが言ってくれたはげましの言葉も、こうなったらもう心に届いてこなくなる。

 おれはただここの村人になりたかっただけで、人間じゃなくなりたかっただけで、みんなに認めてもらいたかっただけで……結局いつも今までで何回も何回も考えたここにたどりつく。こう考え始めたのっていつからだっけ。正確に思い出せないくらい前なのは覚えてるんだけど。

 まくら元に置いてある大きな時計の針を、毛布の中に引きよせて両手でにぎる。いつもすぐ近くに置いて寝てるのは、何があってもいいようにってのもあるけど、やっぱりこうやって起きちゃったときはジゴクに迷いこんだみたいに苦しくなるからだった。にぎってるだけでも少し楽になる。全然ちがうのに、クロックのあの大きくてやさしいあの手を思い出す。

 でも今日は、いつもとはちょっとちがうみたいだ。どれだけ待ってみても眠れそうにない。今日はもうダメなのかな。両手がぶるぶるふるえてるのに気づいて、ため息が出る。確かに温度は低いけど、毛布をかぶってるからそんなに寒くない。自分がヨウギシャになってるってのは怖いけど、ふるえるほどじゃない。だったらどうして? わかってる、腹が立つからだ。

 針の銀色がおれの顔を反射させてる。そこにいるおれは、おれじゃないみたいなひどい顔をしてた。まるでクモの巣に引っかかった小虫みたいだったけど、反対に、草花を食い散らかす害虫みたいでもあった。おれは自分のことがよくわかんなくなって、われちゃいそうだった。

 夜に似合わない、何かやぶけるみたいな音がして、ベッドの真ん中に穴が空いた。手を見たらそこにあるはずだった針はなくなってて、おれも寝っ転がってるはずだったのにいつの間にか起き上がってて。おれが、針で、空けたらしかった。

 頭が痛くなってくる。こんなに辛いならいっそのこと、全部こわしちゃえばいいのに。どうしたっておれは何者にもなれなくて、どうしたって認めてくれるヒトなんて見つけられなくて。それならやめればいいんだよ。そうだ、おれを許してくれるヒトたちと見てくれるヒトたち、愛してくれるヒトたちを残して、あとの村人は全部――。

 針に映ったおれの口元が、気持ち悪いくらい横にのびてるのが見えてのどがしまった。ここにはおれ以外誰もいないのに、誰かに首をしめられてるみたいだった。そうだ、全部こわすくらいなら、自分からいなくなった方がいいに決まってる。針を持ち上げて首に向けて……でも何もできなくて。おれの首をつかんでるのは他の誰でもないおれ自身なんだ。このまま針をつきたてたらさっきのベッドみたいにはいかない、おれの首にただ穴が空くだけってのはできない。だから代わりに、右手の傷あとを、つんと針でついてやった。やっぱりおれの血は真っ赤だった。

 少しだけ落ち着いたから、またベッドに横になる。いつの間にかふるえは止まってて、おれの中であばれてた感情もクロックの時計みたいに一定になった。

 あと少し、もう少しだけ、がんばってみよう。おれだってきっと村人になれるから。

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