15.嫉妬
また夜が来た。ローザが死んでから三回目の夜だ。式が終わって村長の家から黒い水があふれるみたいに村人がみんな出て来て、でも、その中にクロックはいなかった。もしかしたらまた村長とふたりでおれの話をしてるのかもって思うと、やっぱりこわかった。もうそろそろおれは本当に、外に追い出されるんだろうから。
あんなにみんなが楽しそうにあそび回ってたはずの広場は、ただ広いだけの空き地になった。ふん水も音を立てないように静かにって、村人のことを考えてるみたいだった。
おれはひっそりすみっこに置いてある丸太のベンチに座る。見上げて、そこら辺で拾ったガラスのかけらを月にかざして、こんなガラクタでもキレイなんだなって心を落ち着かせる。出ていくことになる前に、この景色に白いこなを見たいな。空は星がふりそうにかがやいてた。
ふと、誰かヒトの話し声が聞こえた。きょろきょろ目を動かしてみると、村人がおれの方を見ながら何か話してた。こそこそ、ひそひそ。玄関の前で、そのフツウじゃない頭を少しだけ出してしゃべってた。やっぱり少し前みたいに、おれが村人になれそうだったあのときみたいに、あんなふうにはしてくれないんだ。何だか痛いくらいにそう感じた。
どの家の窓からもあったかい光がもれてる。オレンジ色のランプの明かり。その家の中もあったかくて、きっとその家族もあったかいんだろうな。おれにはない温度を、みんなは知ってるんだろうなって。本当の親なんていたことないおれには何もわかんない。おれが知ってるのは育ててくれたクロックの大きな手のひらだけだ。それも、革手袋ごしの、だけど。
何も考えなくたって手に力が入った。ガラスが手のひらの肉に食いこんで痛い。月明かりにさらして見れば、うっすらと皮がさけて、そこから真っ赤な血が流れてた。そうか、おれには赤い血が通ってるらしい。じゃあここの村人たちは、何色なんだろう。じゃあクロックは? おれと同じ?
あんまり頭を働かせるのは得意じゃなかったけど、おれがめぐまれてないってことはわかってた。おれはただ幸せになりたいだけなのに、どうしておれの道にはこんなにいろんなジャマモノがあるんだろう。おれはただみんなに愛されたいだけなのに、どうしておれはあのおかしな頭の子どもになれないんだろう。どうしておれは――おれだけが人間なんだろう。
おれが欲しいのは、手に入れたいのはそんなに難しいものなのかな。このイシツカンとかイブツカンをなくしてくれる何かがあればそれでいい、それだけ。だからおれは人間じゃない何かになりたかったし、できるならこの村のみんなみたいな頭になりたかった。そうしてみんなで笑いあって、みんなに愛されて、みんなと同じだねって。何もなかったみたいに、元から村人だったみたいに、そうやって。
もう一回手のひらを見る。この赤の中には人間の血が流れてる。この村のとは全然ちがう。だからおれは人間のままで、それ以上でも以下でもない。
いつの間にか真っ赤になっちゃったガラスを地面にたたきつけて、思いっきりふんで、こなごなにくだいた。何もなくなったその地面をけったら、こなになったガラスは、次は砂になった。
「おや」目の前から聞きなれない声が聞こえた。クロックのじゃない、男にしては少しだけ高い声。「ユウくん、だったかな」
顔を上げると紙袋をかぶったみたいな頭のヒトがいた。深い緑のロングコートにうす暗い灰色のロングブーツ、背中には長い蒸気機関式のテッポウをしょってる。名前は……何だったっけ。思い出せないけど、たまに話しかけてくれるいいおじさんだった。
「こんばんは」
おだやかで安心するような、でもハスキーな声だった。ウワサでは酒をビンごと飲んでるとか、酒のふろに入ってるとか、そんなのをよく聞く。こういうヒトたちの声はみんなサケヤケってやつらしい。少し前までオトモダチだった子が言ってた。その子は紙袋のおじさんには近づかない方がいいってのも言ってた。
「こんばんは、おじさん。久しぶりだね」
でもこんなにやさしくてステキなおじさん、どうして仲よくしちゃいけないのかおれにはわかんなかった。おれにとっては数少ない、一緒にならんで話してくれるヒトだったから。
「ユウくんは元気――あぁ、いや、そうだよね。何でもないや」
「ううん、大丈夫。元気だったよ、ローザが死んでるのを見つけちゃったってだけ。おじさんは?」
「そうかい、それなら良かった。ぼくは少しだけ元気じゃないかな。だからユウくんに会いに来たんだ」
言われてみれば、おじさんはつかれてるみたいだった。いつもよりずっとちっちゃく見えたし、声もちっちゃいし、何より、泣きそうなしゃべり方をする。おれは立ち上がっておじさんとならんだ。おじさんはこの村のヒトなのにおれよりちょっと大きいってくらいで、村の中では背が低い――というか低すぎるくらいだった。だってこの村のみんなはおれふたり分くらいあるのに。
「どうして元気じゃないの? ローザが死んじゃったから?」
「うん、そうだね……それがいちばん刺さったかな。仲良くしてくれてたはずのヒトが死んでしまうのは、言葉に表せない辛さがある」
ぽつりと、ぼくのせいでもあるし、ってつぶやいたように聞こえた。どういう意味か知りたかったけど、何も言えなくてだまった。
「ユウくんは上手くやるんだよ、ぼくみたいになっちゃダメだ」
「……どういうこと、おじさん?」
「これ以上ないくらい頑張ったってできないことはある、ぼくはそうだった。けど、ユウくんは諦めちゃダメだ。ぼくの分まで幸せを掴んで欲しいんだ。まあ、これはただ、ぼくの
紙袋のおくでおじさんが笑った気がした。それからおれの手をぎゅっとにぎって、なごりおしそうにはなして。そうしてほほえみながらパイプがならぶ森の方に、帰って行った。それを見て、そういえばおじさんは狩りをするヒトなんだっけ、って思い出した。
みんなはあんなにいいおじさんのことをどうして悪く言ったりしてたんだろう。なぐったりけったりしないし、おれの悪口だって言わない。むしろおれにやさしくしてくれるし、この前会ったときなんかおかしをくれた。
ずっとずっと前のことだけど、おれがあの紙袋の下には人間がいるのかもって、めくってみようってオトモダチに言ってみたらすごい勢いで反対された。やめておけ、そんなことしたらなぐられるだけじゃすまないぞ、もしかしたら殺されるかも、って。ウワサだけが大きくなっていって、おじさんも困ってるのかもしれない。
こんなに仲よくしてくれるんだから、名前くらいは覚えとかないと。えっと……狩りをするヒトで、パイプの森のおくに住んでて、それで紙袋の頭のおじさん。そうだ、思い出した。確か、名前はサックだった――。
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