27.回復

 真っ暗な朝の中、おれとクロックは朝食を終えた。でもまだまだ眠たい。もう一回ベッドにもぐりこんだら眠れちゃいそうだった。

「あぁ、そういえば、ユリシスがだいぶ元気になったと聞きました。実の妹が亡くなったというのに、立ち直りが早くて……やはり強い方ですね、彼は」

 クロックの声は夜を越えるごとに辛そうになってる。今の発言だって、今までのクロックじゃ言わないようなことだろうがって思っちゃう。だってあんなの、「私とちがって彼は」って意味にしか聞こえなかった。それに、それがイヤミみたいにも聞こえた。

 ちょっと前までのお前は――ローザが隣にいた頃のあのクロックだったら、そんなこと言わないよ。

「……ふうん」

 クロックが日に日に弱ってくみたいでこわかった。おれのせいなのかな。おれが十年前にクロックの家の前に捨てられてなかったら、こんなことにはならなかったのかな。あの日、おれを見つけるのがもっとおそかったら、死んだ後に見つかってたら。そんなふうに考えたって意味ないことはわかってても、おれの知らないクロックが悲しくて。

「じゃあ、ケルツェはユリシスと話せたのかな」

「ほう、彼女はそんな予定が?」

「いや特に知ってるってわけじゃないけどな。この前ケルツェと話したとき聞いたんだ、ユリシスから教えてもらいたいことがあるんだって」

 クロックは胸ポケットからかいちゅう時計を取り出して、時間を確かめてる。それだっておかしい。お前の頭は時計だろ、正確に時間もわかってるんだろ。ならどうしてそんなもの確認する必要があるんだ?

「クロック――」

「あぁ、すみません、ぼうっとしてしまいました。仕事をしなくては」

 おれと話したくないのか、本当に仕事があるのか。クロックはそれ以上何も言わないで、逃げるみたいにさっさと階段をのぼっていった。その背中を、見えなくなるまで見つめてた。

 何となくだけど、クロックの頭は、部屋の壁にびっしりつめられてるどの時計より秒針の動きががおそいように見えた。見間ちがってるんだったらそれでいい――いや、そっちの方がゼッタイいい。もう本人がいないから確かめられないけど、おれのベルトにさがってる時計を見てみてもあんなにおそくなかったはずだった。何か、ビョウキとかかな。そうなんだったら早くお医者さんにみてもらわないといけないけど、理由がもっと別なら、クロック自身がわかってるんなら、おれは何もできないし、しない方がいいのかな。

 でも、そうだ。あれはまるで、ローザがいたあの時間にもどろうとしてるみたいだった――。

 おれは強く首をふって、それから両手でほっぺをはさんでたたいた。痛い。変なことは考えない方がいい、ゼッタイそうだ。よけいなことをして、もっとくるわせちゃったら意味ないから。階段をのぼっておれの部屋に向かう。

「よっ」入ってすぐに誰かの声が聞こえたから、腰が抜けそうになった。「来てやったぞ」

 しりもちをついてからしっかり部屋の中を見てみれば、それはケルツェだった。おれのベッドの上に座って、右手をあげてる。何だか今にも笑い出しそうなフンイキで、ちょっとだけ腹立たしい。

「びっ……くりしたぁ、やめろよそういうの」立ち上がって、服を直す。「で、何かわかったから来たんだよな?」

 くつくつ、ってのどのおくで笑ったケルツェは、足を組んで、その上でほおづえをついた。

「そう、ユリシスと話せたんだ。いろんなことを聞いた。そりゃあ、あんたに関わる話も、だ」

 今日のケルツェは少しだけちがった。ってのも、いちばんは服装だった。いつもの動きやすいらしい変な形のドレスじゃなくって、いつもローザが着てたみたいなキレイなドレスだった。空みたいな青の、ひらひらしたドレス。少しだけ気分が悪かったのは、それがチョウに似てたからかもしれない。

「ユリシスから何を聞き出せたって言うんだよ、これ以上あいつは何か情報持ってたのか?」

「あいつだなんて、ユウは口が悪いな。彼は次期村長様だぞ」

 おれはケルツェに気づかれないくらいの小さいため息を吐いてから、ベッドに近づいてった。しかたなく、ケルツェの横に座る。

「ジルケって人間の女、あいつのはじまりについてだ」

「おれの母さんかもしれない人がどうやってこの村に来たのかってのは聞いたぞ、ドレイショウから助けたんだろ?」

「いいや、それだけじゃないんだよ。想像しながら聞いてくれ」

 ケルツェの頭の火の中に、おれが見えた気がした。

「じゃあ、会議を始めようか――」

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