26.窓
「で、あんたがそれを言い出すってことは、やっぱり知りたくなったのか?」
ケルツェはわくわくしてる子どもみたいに言ってくる。前のめりになってるから、ちょっとだけ近いし、ちょっとだけ熱い。
「い、いや別に、そういうんじゃないよ……でもさ、おれがあのばらばら事件解決したってなったら、またおれも村人になれるんじゃないかなって思ったんだ。それに――」
「うんうん、とっても良い心構えだな! あたしもできる限りで手を貸すよ! ……って、あれ、何か言ってる途中だったか?」
「あぁ、いや……何でもないや」
本当は、ユリシスをおれのいる底辺まで落とせるかもしれないから、おれの日常の景色を見せてやれるかもしれないから、って続けようと思ってたんだけど。何となく、クロックがいつも言ってる意味がわかった気がする。外ではユリシスのことを悪く言うな、ってやつ。
でもだからって、村人になれるかもって言ったのはウソじゃない。解決してるかしてないかよくわかってない事件だ、犯人がまだうろついてるかもしれないし、つかまってないなんて村人もイヤだろうし。きらわれてるおれだけど、解決したらちょっとくらい見直してもらえるはずだ。もしかしたら飛び級でヒーローにだってなれるかも。そんなふうに考えたら積極的にならないわけなかった。結局おれはみんなと同じ頭になりたいんじゃなくて、この村の本当の仲間になりたいだけなんだろうな。
そういえば、まだきいてないことがある。でも、ケルツェにきいてもいいことなのか、おれには正しい判断ができない。どっちなんだろう、お姉さんが言ってるのは。
「あのさ……ショクダイって何だろう」
おれは近くにあった本を引きよせて、きいてみた。本に出てきた知らない言葉をきくだけの子どもになりきって。
「んー、
クロックの家の階段はいつも暗い。だから窓ひとつおきにロウソクが置いてある。あごに手を当てて、そのロウソクのことを思い出してみる。当たり前だけどロウソクはレンガに直に置いてあるわけじゃなくて、ケルツェの言うように台にのせられてる。くすんだ金色の、フォークみたいな見た目の台。
つまり「ショクダイノヒ」ってのは――。
「何だ、その本に出てきたのか?」
「ん? あ、うん、そう」
「ふうん。それクロックに読めって渡されてるんだろ? ユウはまだ子どもだってのに、あいつは厳しいなぁ」
「いやまあ、そんなことないけどね」
おれはそれどころじゃなかった。やっぱりお姉さんはケルツェのことを言ってたんだって、そんなふうに思ったらこわくなってうまく会話ができなくなってた。「気をつけろ」なんて書いてあったけど、ケルツェは何をしてるんだ? おれの味方じゃないってことなのか? 何で気をつけないといけない? おれの中では、また、情報があふれ出しそうになる。
「あ、そうだそうだ。ユウ、あたしな、ユリシスが立ち直ったら訊きたいことがあるんだよ」
「ききたいこと?」
「そう、あんたに関わる新しい情報についてだよ。また次の会議のときに持ってくるから、待っとけな」
しししっって笑ったケルツェは、おれの頭に手をのせる。クロックとはちがう、いや、そんなの当然なんだけど。何だろう、やさしいけど、やわらかいんだけど、クロックがくれる温度とは全然ちがう。ケルツェの頭からは熱を感じるのに、おれの頭にのったその手のひらからは何も感じなかった。
「あ」ケルツェのロウソク頭を見上げて、ひとつ思い出した。それが一文字になって口から出ちゃったらしい。
「ん、どうかした?」
きっとケルツェはクロックより情報をたくさん持ってる。だから少しくらい、聞いてみる価値はあるのかな、なんて。
「もしおれが村人たちの血を飲んで、肉を食ったとして」目の前の火が少し温度を下げる。「そうしたら、おれもお前たちみたいな頭になれるかな?」
さっきは、村人を救って村人になってやるなんて考えてた。でも……そう、一応。一応ケルツェが何か知ってるかだけ、きいておきたかった。もし何か案があるんなら、なんて考えるけど本当にあったとして、おれはどっちの方法をとるんだろう。
「なるほどね、そんなの考えたことなかったな」
ケルツェはポケットからメモ帳を出して、何かを見てた。その中に答えがあるのかなって、ちょっとだけわくわくする。
「でも、そうだよな。今までだったら、あんたは生粋の人間なんだから不可能に決まってるだろ、って返すとこだったんだけど……あんたも半分はこっち側なんだもんな。人間の血の濃度より、こっち側の濃度が勝てばあるいは――いや、確証はないけどな」
「そう、なのかな」
「あんたはまだ子どもだからな、ここからの成長でひっくり返るなんてこともありえなくは――って、あんたそりゃあ犯行予告ってことでいいのか?」
おれはあわてて顔を上げて、大きく首をふりながら、手も一緒にふった。
「いやいやいや! そんなんじゃないって! おれは誰も殺したりなんかしてない!」
「あははっ、冗談だよ」
笑いながら、おれに背中を向けて窓に手をかける。右手だけひらひらさせて「またな」って、ケルツェは窓の下に落ちてった。そんなの初めて見たからびっくりして、窓から身を乗り出して下を見た。もうそこには誰もいなかった。ケルツェはきっと何でもできるんだろうな。どんなことだって、誰よりも上手にやってのけるんだ。
とにかく、いくつか新しくヒントがつかめた。脳内を整理しないとって思うけど、どこから始めたらいいのかわかんなくて立ち止まる。とりあえず、そうだな、窓を閉めよう。ハンドルを反時計回しに。
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