25.灯す
おれの部屋のランプを全部つけて、ケルツェを待ってた。
昨日図書館から帰ってきたら、おれの部屋の窓、外側に紙がはりついてるもんだからびっくりした。注意しながらそれをはがして見てみると、ケルツェからの手紙――というかメモだった。『明日、昼、あんたの部屋で』それだけが書かれてる紙。
急いでたのか字も汚かったし、くわしい時間も何もなかったから、あわてて書いたのかもしれない。また何かでかいヒントを拾ったのかななんて考えながら、とりあえずお昼ご飯が終わった今から準備することにした。そうだ、おれもおれで辞書のお姉さんから情報をもらったから共有したいし、ちょうどよかった。
お姉さんがくれたメモをポケットから取り出して、じっくり見る。ジルケって人間の女の子は今どこにいるんだろう。本当にあの事件の犯人なのかな、もしそうだったらどうして殺しちゃったんだろう。どうして逃げ出したんだろう。それに、おれとどういう関係があるんだろう。本当におれの母さん、なのかな――。
頭をふって全部消す。それから、そうだ。この最後の文。『ショクダイノヒに気をつけろ』っての。これって何が言いたいんだろう。何かの暗号かな。誰かに知られないように、おれにこっそり教えるようにって書いてくれたんだろうけど、おれにはさっぱりだった。でも、そう、「ヒ」は「火」のことを言ってるのかなって思ったから、これをそのままケルツェに話すのは何となくよくない気がした。おれの知り合いの中で火に関係があるのなんて、ケルツェくらいしか思いうかばなかった。
こんこんって窓の方からたたくような音がしたから顔を上げたら、そこにはケルツェがいた。どうなってるのかよくわかんないけど、上からつり下がってるか何かで窓の高さまで来てるらしかった。ってことは、クロックの家の上の階からロープをたらしてるのか? そんなこと、家に入ってないケルツェにできるのか?
窓のハンドルを回す。
「よっ、ユウ元気か?」
「……まあ、それなりに」
「そりゃそうか、今いちばん大変だもんな」
「そんなことより、ほら、座って」
おれたちはふたりベッドの上で向かい合って座った。ケルツェはいつも何も気にしない。だから今もおれなんていないと思ってるのか、堂々とあぐらをかくもんだから……困っちゃう。そんなところが好きで、でも、苦手だった。
「じゃ、会議を始めようか」今日のケルツェの頭の火は、あんまり大きくない。ってことは、もしかしたらそんなに大切な情報は見つけてないのかもしれない。
「ケルツェの方では、何かわかったのか?」
「あたしの方の進捗は微妙だね。いろんな方向から探ってみてはいるけど、まだほとんど何もない。が、強いて言うなら――」
ケルツェは胸ポケットから何かを取りだした。人さし指と中指ではさんで取りだしたそれは、何か紙っぽかった。「それ何?」
「見てご覧よ、こりゃあ、あんたの母親かもしれない女の写真だ。入手してきた」
ぴらっと見せてくれた写真は少し色あせてた。右のはしっこに女の人が映ってる。おれが思ってたより「女の子」じゃなかった。まあでも、そりゃそうだよな。だって「人間の女の子」だったのは十年以上前の話なんだから、時間がたった今じゃ年だってとってるはずだし。
その人は長いコートをはおってて、どっちかって言うと軍隊のヒトみたいな服を着てた。左手には蒸気機関式のテッポウを持ってて、でもそんなの似合わないくらいおだやかそうな顔の人だった。何だろう、どこかで、見たことあるような……?
「ユリシスもきっと気付いてるんだろうが、こいつはまだこの村にいるよ。いや、もしかしたら逃げたけど帰ってきたのかもしれないね。とにかく、銃も所持してるらしいから、最大限警戒しておくのが賢明だね」
「……これホンモノか?」
「嘘なんかつかないさ。裏をご覧」
ほらよってその写真を渡してくれたから、ひっくり返してみる。そこには日付が書いてある。昨日の日付だ。
「昨日撮ったってのかよ?」
「ん、そうなるね。人間の女を見つけちまったから、撮らずにはいられなかった」
「でもつかまえなかったんだ?」
「捕まえられる訳ないだろ、こんな銃を持って武装してんだからさ」
表をじっくり見る。顔に見覚えは全然ないけど、この服装、どこで見たんだろう……。
「んで、あんたの方は何かあったのか?」
「そうだった。おれの方はけっこういろいろあってさ――」
午前中にあったたくさんのことを、起きた順番にならべて説明した。もちろん、朝に泣いちゃったことなんていらない情報だから捨てたけど。とりあえず図書館で起きた全部を話したんだ。ユリシスがいたこと、たくさんの本を読んではもどしてたこと、何か書いては捨ててたこと、帰るときにふうとうを落としたこと、そこに書いてた内容のこと、それから受付の辞書頭に聞いた人間の女の人のこと。
「なるほど、クズ男ねぇ……んじゃつまりあんたは、このジルケって人間の女とサックとの間の子どもかもしれない、ってことになるのか」
「母さんがジルケって人間なのはそうなんだろうけど、サックおじさんはそんなヒトじゃないよ」
「あんたはあんまり村人と接点を持たないように過ごしてたから知らないんだろうよ、サックはクズだ」
「……でも」
「つまりだ、ジルケとサックの子どもがいたとして、どこかへ連れ去られたり逃げたりしてない限りは、あんただって可能性が高い訳だ。それ以外でハーフが生まれるなんてことはありえないからね」
「それ以外の可能性……ユリシスは?」
あいつだって外に行くんだから、人間との間に子どもを持ってたっておかしくないじゃないか。いや、もしそうだったら、おれとしてはサイアクなんだけど。
「確かに彼は外側の人間と接触があるだろうけどね、そんなことをするような男じゃないよ。彼はこの村を心の底から愛してるんだから、裏切るような真似はしないだろうさ」
ユリシスのことを語るケルツェは、頭の火をゆらゆら熱くさせる。それが何となく、この前のソウシキ、ホールで見たあの明かりを思い出させた。
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