35.異聞

 おれが落ち着いたころ、あの部屋には村長が入ってきた。

「お前さんには、悪いことをしてしまったようだな……息子が、全てを話してくれたよ」

 村長が言うには、ローザを殺したのはやっぱりジルケだったらしい。本人はいなくなっちゃったからもう本当のことはわかんない。でも、ユリシスが話したことをまとめるとつまり、ローザとケンカになっちゃったジルケは背負ってたテッポウでうってしまったんだとか。どうしてケンカになったのかは、やっぱり想像するしかないけど。ローザとクロックの関係がバレたとか、ジルケの正体に気づいちゃったとか、そういうことなのかな。

 いろいろ話してくれた村長は、そのままおれを放置するんじゃなくて一緒にいてくれた。あったかいココアを出してくれたけど、やっぱりクロックが作るのとは全然味がちがってた。いや、そのときも泣いてたから、なみだが入って味が変わっちゃってただけかもしれないけど。でも、クロックがいない代わりに、今までさけてたショクザイだ、って隣に村長がいてくれたのはうれしかった。まだちょっとキライだったけど、ひとりぼっちにされるより少しは楽だった。

 村長はおれをクロックの家に送って、部屋で静かに眠るまでよりそってくれてた。おれが寝たと思った村長は出ていく前に、やさしく頭をなでてくれた。やっぱりクロックとは全然ちがうのに、その大きくてあったかい手がなつかしくてうれしくて、同じくらい辛かった。

 広場に出ると、冬を感じた。ふん水は止まってて、丸太のベンチも冬に備えてしまってるみたいだった。空を見上げるとユキがキレイに見える。村長はユキについても教えてくれた。深夜は蒸気機関を動かさない家が多いから、みんなが寝静まった後には見えることもあるらしい。キレイだねなんて言ってみたいのに、おれの隣には誰もいない。

 とぼとぼ広場を歩き回る。帰ったって眠れる気がしない。今日はあんまりにもいろんなことが起きすぎていて、頭の整理が追いつかないから。それに、家には誰もいないんだ。何の音もないし、誰の温度もない。村長は帰っちゃったし、ケルツェだっていないし……ローザも母さんも、それにクロックも、もういないんだ。

「ねね、聞いた?」こんなに深い夜なのに、子どもの声が聞こえた。「ニンゲンの女の子、見つかったんだってね」

「サックおじさんになってたんでしょ? こわいよね……」

 声の方を見るとそこには、ずっと前仲よくしてくれてた子たちがいた。最近見なかったからどうしてたのかと思ってたけど、そうか、ローザのことがあってからはおれとは会うなって親に言われたとか、かな。

 手を上げて話しかけに行こうか迷ったけど、今は誰かと話すような気分でもなかったし、話しかけたせいであの子たちが怒られるようなことがあるとおれも悲しいし、やめた。あれからまだ何時間かしかたってないんだから、やっぱりまだおれはきらわれもののまんまだと思う。

 だから耳を立てるだけにした。

「そうそう、サックおじさんをころしてなりかわってたんだって」

「あれ、でも……ころしたのはユリシス兄ちゃんだってママが言ってたよ?」

「ちがうよ、ころしたのはニンゲンの女の子。で、ユリシス兄ちゃんはね、おじさんをばらばらにしたんたって。パパがママと話してた」

 おれは確認してないから――というか、届かなくてできてないから――わかんないけど、もしかしたらその知らせは回覧板に来ていたのかもしれなかった。

「どうしてそんなことしたんだろうね……」

「ね、兄ちゃんいいやつだったのに」

  たぶん、それはそんなにむずかしくない、カンタンなことだ。クロックがローザのためにジルケを殺したみたいなことで。ユリシスはきっと誰よりも、何よりもジルケのことが好きだったんだろうな。だから――。

「でもさ、サックおじさんのこわい話いろいろ聞いてたのに何もなかったのって、あれはちがう人だったからなんだね」

「たしかに! 兄ちゃん姉ちゃんからは、なぐられたとかけられたとかって聞いてたたけど、ぼくたちは何もされなかったもんね」

 空を見上げてみる。さっきより少なくなったけどユキがふってる。いつもより家の光が多いのは、いろんな事件があって、それが解決したからかな。情報も回ってるみたいだし。きっとみんなよくわかんないことだらけで、自分ひとりの中に置いとくだけじゃむりで、誰かと話してたいんだと思う。

 ……おれだって、本当はそう。

「どうなんだろうね」

「なにが?」

「ユリシス兄ちゃんがホンモノのサックおじさんころしたんじゃないとは言っても、ね?」

「うん?」

「だって兄ちゃんがばらばらにしたんでしょ、それってヒトゴロシと同じじゃないの?」

「……そっか、次の村長だって言われてたのに、ね」

 ほうっ、って息を吐いてみると、ちょっとだけ白く見えた。両手をほっぺにつけてみれば冷たくて、でもほっぺはあったかくて。

「これじゃあさ、この村もうダメなんじゃ……」

「ニンゲンが入ってきてシハイされちゃう、とかだったらこわいね」

「それすごいこわいよ……やっぱりおわっちゃうのかな、全部」

 ――そんなことはさせない。

 おれは口の中でそうやってつぶやいた。おれがゼッタイに終わらせない。だってそうしたら本当に、どこにもおれの居場所がなくなっちゃうから。大切なヒトを一気に何人も失って、それでもまだおれへの視線はほとんど変わってなくてなんて、そんなのたえられない。それでもおれは生きなくちゃいけない。なのに、それなのに村までなくなっちゃったら、おれはもう――。

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