36.言葉 本
「――おしまい」
言いながら大きな絵本を閉じた。目の前で行儀良く静かに耳を傾けてた子どもたちは、打って変わって楽しそうにやかましいくらいの拍手をくれる。だからおれも嬉しくなって、ここが今の居場所なんだって無意識にほほえむ。
でもそう、それだけじゃなかった。見慣れた異形頭の少年少女だけじゃない。人間の子どもたちもいる。それがあのときとの大きな違いだった。あれからおれたちの生活は、ほとんど全部といっても良いくらい、たくさんのことが変わったんだ。
あの夜に聞いたちびっ子ふたりの会話の通り、村は本当に終わりに向かって一直線に進んでいた。村長からの誤解が解けたとは言え村の中のおれへの
そういえば、ケルツェとユリシスは牢屋に入れられたって聞いてる。最初は隣り合わせにされてたのが、それだとあんまりにもケルツェが暴れてユリシスが危険だからって別の場所に移動させられたらしい。いや、うっとりとしていて食事も何もしてくれないから、だったっけな。その頃のおれはひとりで生きていくのに苦労してて何も覚えてないし、何も知らされることもなかったからよくわかんないけど。きっとほつれたその心は、もう戻ることはないんだと思う。もう二度と、おれの大好きだったケルツェには会えない。
それで、そうだ。村が大きく変わったいちばんの理由が、ユリシスの持ってた二枚の紙だった。牢屋に入れられてしばらくした頃、ユリシスは仕事に追われてやつれきった村長にそれを渡した。
おれはその星の輝く夜、人間の子どもたちを安全に村まで案内する役に
こうやって終わっちゃいそうだった村は、終わることなんてなく、また栄えた。こうしてたくさんの子どもたちがいる。前とは違って、異形だけじゃない。人間の子もいれば異形の子もいるし、おれみたいに半分の子だっているんだった。だからもうおれはイブツでもイシツでもなくなった。あんな悩みも不必要な嫉妬も持たなくて済むようになった。おれは人間とこの村のハーフだって、誇りを持って言えるようになった。
おれはもう、ひとりじゃなくなった。
「にいちゃんにいちゃん、つぎはなによんでくれるの?」
「ねえねえユウ兄ちゃん! あのお話してよ!」
「あれ聞きたい、いつものやつ!」
「時計のお話!」
おれを取り囲んだ子どもたちはみんな笑顔で、ぴょんぴょん飛びながらそんなことを言ってる。最近のいちばんの幸せな時間だった。
「わかったわかった、みんな座れってば。ほら、始めるぞ」
深呼吸をする。子どもたちは静かになる。目を閉じる。時計の音が聞こえてくる。かち、かち、かち……何だかコーヒーの香りがふわっと漂ってくる気がする。目を開けば、いろんな子たちが視界に入る。そのいちばん後ろ、扉の手前に、時計頭にハットを乗せて真っ黒なスーツを身にまとった男が見えた――気がした。
少し笑む。それから首にさげたペンダントを優しく手のひらに乗せる。金色のバラ模様が入った、深い緑の割れたマラカイト。おれがいつかあの石を加工して作り直した、宝物。でもこれは誰にもナイショだ。
――時間ですよ、読み聞かせを始めましょう。
誰かの声が聞こえた。
もしも赤んぼうだったおれの発見が遅れてたらとか、もしもあのときもっと早く異変に気づいていればなんて、もしものことはもう考えない。過去に忘れ物なんてしてない。だってこれが、おれだ。おれの物語だから。
「これは、壊れかけの蒸気時計の
壊れた時を刻む たぴ岡 @milk_tea_oka
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