壊れた時を刻む
たぴ岡
1.扉
目の前のドアは何も言わないでおれを見おろしてる。ど真ん中より少し上に取りつけられてるぎょろ目と見つめ合う。おれが誰だか、何しに来たのか見てるらしいその目つきは、何回体験したってなれないし、死ぬほどイヤだった。
ぷしゅーって音を蒸気と一緒に吐き出しながら、ドアがたてに割れて、内側に折れてく。これも見なれない。いつも思うけど、まるでこの建物が生てるみたいで気味が悪い。おれはこれからこいつに、自分から食われなくちゃならないんだ、って思うとイヤな気分だった。
機械のきしむ音、鉄のさびたようなにおい、先が見えない真っ白な蒸気、ぎょろぎょろ動く目玉、おくに続く暗い部屋。おれは息を飲んだ。足を持ち上げて、それから少し前に下ろす。それを何回も何回もくり返すって考えると、やっぱりは気分は乗らない。あんまりにも重すぎる足取りで家に入ってく。
今日この家に来たのは、呼ばれたからだった。誰が何のために呼んだのか、くわしいことはよく知らないけど、村長だか村長のむすめだかがおれに話があるんだって。人づてに聞いたから本当に何もわからなかったし、心当たりなんてひとつもなかった。とにかく、村長の家に呼ばれたってことはそれだけ大きなことがあったってことだし、それだけ重いことを話されるってことだって思った。だから、来たくなんかなかった。
家に入ってまず「あれ?」って思った、いや声にも出てたかもしれないけど。ってのも、誰かがおれをこの家に呼んだはずなのにランプに火がついてなかったから。話したいことがある、なんて言っといて準備も何もしてないのはどういうつもりなんだろう。やっぱりおれはこの村にとっていらない子、なのかな。いつだって言われてきたから自分でもわかってるつもりだったけど、それでも、そんな風にされるのは悲しかった。
昼なのにこんなに外の光が入らないのもふしぎだ。夜に散歩したってもっと明るいのに。おれは何回も目をこすって、何回もまばたきして、何回もこの部屋の黒に目をならした。
そうすれば、ゆっくりゆっくり、部屋の中が見えるようになってくる。この前来たときとほとんど同じだ。いろんなガラクタが落ちてたり置かれてたりで、全部がくすんで見える。壁のいろんなところにある歯車はずっとぐるぐる回ってて、その周りにはパイプが張りめぐらされてる。パイプの切れ目からは、しゅーって言いながら白い気体が吐き出されてる。家の中にはこの蒸気の音と、おれの心臓の音しかない。
「おーい」声を出しながら、少し中に入る。「だれ、か――」
のどがつまった。何も言えなくなった。だってそこにあったのは、死体、だったから。
暗さになれきって完全になった視界には、真っ赤なドレスに身を包んだその身体が、数センチ浮いて見えた。足元にはふたつ、血みたいに赤いバラが落ちてる。
上手く息ができないままおれは目線を上げる、これが誰なのか確認しなくちゃって思ったから。ドレスの首元から緑色の細いくきがのびて、その先には三本のバラが咲いてる。少し前までは赤とか青、むらさきのきれいな花束だったのに、今じゃもう枯れきって茶色になってる。人間とちがってこのヒトの頭は五本のバラでできてたはずで、それなのに三つしかないってことは、足元にあったのは死んでから落ちちゃった花なのかな。
背中の方から足音が聞こえた。もしかしたら誰かおれを助けに来てくれたのかもしれない、って思った。そう思ったんだけど。
「ろ、ローザ……?」何回も聞いたことある男の人の声だった。でもいつもとはちがって苦しそうで、聞いてるのも辛くなるような声。
ふり向けばそこには、頭の代わりに首の上に球体の水たまりを浮かせたおじさんがいた。このおじさんこそが村長、この家の主でこの村の長で、目の前にぶら下がってるバラ頭の女の父親。
「あぁ、あぁぁぁああ、貴様、貴様がやったんだろう、人間め! だからわしは言ったというのに!」
水たまりからぼとぼと大きなしずくが落ちて、音を立てて床をたたく。村長のおじさんの顔がなくなる、首の回りに水が浮いてるだけになる。
「おれ、おれは……」
「黙れ人間! 早く出て行け!」
おれはやってない、おれじゃない。そう言いたくても言えなかった。息を止めて、家の外に走り出した。
見たらわかるだろ、口の中でつぶやきながら流れる風をほっぺに感じる。ローザは首を吊って死んじゃってたんだから、おれじゃない。というか誰かがやったんじゃない、ローザが自分でやったんだ。おれはやってなんかない、おれじゃない。
岩がむき出しの地面はもうずっと前から走りなれてるはずなのに、何回も転びそうになった。そこかしこから蒸気が出てる、ブリキがおれをにらんでる。歯車とか水そう、けむりや花の頭たちがおれのことを冷たく見つめる。今まで少しくらい仲よくしてくれてたヒトもいたと思う。きっとおれのことをウワサしてる。村に入ってきたよそ者の人間がまた何かやらかしたんだ、って話してる。おれはいつだって何もしてないのに。
元からなかったようなものなのに、おれへの信用は底辺まで落ちた。
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