21.小説

 急いで着がえる。あと少ししたらクロックが「時間ですよ」って部屋に来るはずだったから、それより早く着がえを終わらせて飛び出さなくちゃって思ってた。いつもこの時間は本を読むとか字を覚えるとか設計を学ぶとか、そういうお勉強をさせられるけど、今日はやりたいことがあったから。

 手に持った針を鏡代わりにして、おれの顔を見る。確かにちょっと目は赤くなってるし、まわりがはれてるようにも見えるけど、でも、おれはマスクを着けるんだから他の誰にも見えないはずだ。そう、クロックにも見せたくなかったから――まあ、泣いてたときに一緒にいてくれたんだから、こんなの見られたところでって感じかもしれないけど――だから早く着がえてるんだった。

 いつもの肩さげカバンを持って、ハットを頭にのせて、それからマスクを着けた。これでカンペキ。ちょっと前にクロックが一応って言って作ってくれた、いつもとはちがう新しいマスク。口の近くの左右に丸がついてて、その中にはフィルタが入ってる。大昔には、空気が汚くなったことがあったらしいけど、そういうときに使われたマスクに似せたんだって言ってた。

 ドアの向こう側から、階段をのぼる足音が聞こえてくる。クロックだ。もうそろそろ三時になるから、呼びに来たんだ。

 ノックが鳴って、クロックが言う。

「ユウ、お勉強の時間ですよ。しかし、もし今日は嫌だと――」

「行ってきます!」

 おれは、クロックの言葉なんて最後まで聞かないで飛び出した。びっくりしたらしいクロックは何も言わないで、おれが階段をおりてくのを見てた。

「ユウ、外に出るのは控えろとケルツェに!」玄関から出るとき、背中に声が聞こえたけどムシして走った。

 目指す場所は図書館だ。こんなに悩んで悩んでしかたないんだったら、全部ナゾを解いちゃえばいいんだから。図書館にはいろんな情報があるし、いろんなことを知ってるヒトがいる。すみずみまで探して見つけられなかったら誰かにきいてみればいいし、もし教えてくれないなら図書館のおくにしのびこんでおれが見つけてやる。

 この村の図書館はすごくでかい。村のちょっとおくの方にあるし、村長の家にもたくさんの本があるからあんまりここは使われてないイメージだ。みんなの家みたいにたてに長いんじゃなくて、横に広くて丸っこい、でぶっちょに見える建物がそれだ。それに、ニンショウシステムはなくて、モウマクをスキャンして村人だってショウメイが必要なのは本を借りるときだけ。何となく、この村の中でクロックの家の次に安心できる場所だった。

 入って目の前に受付がある。そこには分厚い本を読んでる、頭の代わりに分厚い本を首にのせた女の人が座ってる。本をめくるのとズレたタイミングでその人の辞書頭もめくれるのは、何でだろう、ちょっとだけおもしろい。天井からさがってるのは暗いオレンジ色の照明だからかちょっと辺りが見えづらいけど、その代わりとっても心が落ち着く。壁一面が本棚になってて、どこを見ても本がぎっしりつまってる。おさまりきらなかったのかわかんないけど、そこら中に本が山づみになって置かれてる。おれにとって図書館ってのは、いろんなところにぼうけんが落ちてる、すごい場所だった。

 でも今日は物語を読みに来たんじゃない、知りたいことを調べに来たんだ。どこから始めよう、考えながら棚を見上げる。まずは、そうだな……おれは、ばらばら事件と関係があるってケルツェが言ってた。でもおれはその事件のことを知らなすぎる。そのときの回覧板アーカイブなんて残ってるかな。とりあえず、探すだけ探してみよう。

 アーカイブの棚に移動しようとしてふり返ると、見覚えのある頭を見つけた。青いチョウがはらはらはねを動かしてるその頭は、どっからどう見てもユリシスだった。

 背中を丸めて本を読んでる。たまに天井を見上げて、机につきそうなくらい首を曲げて、それから本の世界にもどって、を何回もくり返してる。ユリシスの前の机にはふたつの本の山ができてて、読み終わってもなさそうなのに、今読んでた本を右側の山に追加した。あと、正面には手帳が開いて置いてあるみたいだった。たまにペンを持って何か書いては、やぶってぐしゃぐしゃにして捨ててた。何してるんだろう。

 気になってもききに行くなんてできない。だっておれはあいつにきらわれてる。話しかけたら、今ならもしかしたらなぐられるかもしれない。それはイヤだった。だっておれは何もしてない。

 本棚のかげからユリシスのことを見張ってたけど、特にそれ以外のことはなかった。ベルトにさげておいたカイチュウドケイは、もうそろそろ十分がすぎるってことを知らせてる。ユリシスが動いた。本の山を自動返却トレーにのせて、そいつが本棚の高いところにまでのぼってくのを見届けてから、手帳を大切そうにわきにかかえて立ち上がった。ユリシスは辞書頭の女の人に何かあいさつをして、そのまま出てった。

 おれは周りにヒトがいないことを確認してから、ユリシスが捨ててたあの紙をゴミ箱から拾い上げた。ぐちゃぐちゃなその紙を広げてみる。誰かへの手紙みたいだったし、日記みたいでもあった。フツウだったらいちばん上に送り先の名前を書くはずなのに、そこにはなかった。手紙ありがとうとか、僕はまだやることがあるからとか、けれどあと少しのシンボウだとか、僕も君がとか、そんなことが書いてあった。お返事を書いてたらしい。これが好きな人に向けた手紙だってのは、何となく、おれでもわかった。

 と、机の下、イスにふまれてる白いふうとうを見つけた。表にはユリシスの名前があって、裏には暗号みたいなのがある。中に入ってたはずの手紙は抜かれてて、つまりふうとうとは別に保存してるってことだから、それくらい大切なものなんだろうなって思った。そういえば、ふうとうの口が閉じられてない。てことは郵便を通してないんだ。外の人間との手紙交換だったらゼッタイに郵便が必要だけど、ユリシスが持ってく係だからどうなんだろう。どっちにしろこっそり文通してるってことだと思うんだけど……相手がわかんないから。

 何かないかなって探して、ふうとう自体をくるくる回してみる。別に何の細工もなかったし、照明にすかしてみても何か見えてくることはなかった。でもひとつだけ、あった。

 ここは図書館だし、メインで置いてあるのは紙の本で、データをならべてあるのはアーカイブの棚くらいだ。だから、あんまり蒸気は使わないようにしてるらしい。でもここにだってひとつだけ、蒸気機関の機械がある。自動返却トレーだ。とは言っても外で動いてるやつとか家でがたがたいってるやつとはちがって、ちょっとの蒸気で動くようになってる。さっきユリシスがのせた本の返却を終えたトレーが帰ってきたとき、ふうとうにそのちょっとしか出ない蒸気が当たった。そしたらどうだろう、裏面にあった暗号がとけていって、最後には文字が出てきた。それがきっと、ユリシスがやり取りしてるヒトの名前だ。

「えっと、何だろ? ジルケ――?」

 そこにあったのは、おれが聞いたことない名前だった。

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