9.秘め事
「あぁ、どこにやってしまったんだろうか……」
久しぶりに帰ってきた自室の中、僕の声だけがここにある。大切なそれをなくしてしまった僕の中には、もう何もないというのに。持って帰った
「……なくしてしまった。あんなに大切な、たったひとつの宝物を?」
自分に失望した。
今までは何があったって、感情から切り離して全てを見ることができていた。村の外側の人間たちのことも、そこで行われている
しかし、それがどうだ。今の僕はおかしくなっている。
――そうだ、ローザのことがあってからだ。上手く殺せていたはずの感情が、あの知らせを聞いた瞬間から顔を出してきた。
僕のかわいいローザ、愛する妹。いつだって僕の後ろを歩いて、兄様、と見上げてくれた。父上と僕の会話を聞いては、次の村長は兄様で決まりですわね、と嬉しそうにしてくれた。僕が外側から帰ってくる
僕たちのような村人の死体を見るのは久しぶりだったから、あのことも思い出してしまった。あぁ、ローザ、君は知らないだろうけど、僕は罪を犯してしまったんだ。部屋のテーブルに置かれた花瓶の中で、真っ赤な
頭が痛い。割れるように痛い。
なくしたはずの感情と、消したはずの記憶が、はらはらと目の前を飛び交う。そんなことできるはずないのに、どこかへ飛ばしたくて腕を大きく振る。けど何にもあたらない。それはそうだ、何もないのだから。僕の中にだって、何かがあってはいけないのだ。
「うぅ、うぅぅ……うるさい、うるさいっ! どこかへ行け、消えてしまえ!」
大声で叫ぶ。下の階で父上が寝ていることなんて承知の上だけど、それでも、わかっていても止められなかった。
「黙れよ! もう過ぎたことだ。あいつは死ぬべき男だった、そうだろうが! 僕がやらなくたって、誰かがやっていたに決まってる――でも、本当に?」
苦しくなって首を押さえる。いや、違うかもしれない。自分で首を絞めているから苦しいのかもしれない。もう何もわからなかったし、わかりたくもなかった。
あぁ、まただ、またあのフラッシュバックが来る。あのとき、あの男を手にかけたあの瞬間のあの感覚が、明確にこの手の中に
「やめろ、やめてくれ……僕は悪くない、僕たちは悪くないんだよ……僕は僕たちのためにそうしただけだ、守るためにやっただけだ」
身体に力が入らない。すうっと抜けていって、その場に崩れ落ちる。
「あぁぁ、どこかへ消えろ、少なくとも目の前から! 本当に、本当にいなくなってくれ。頼むから……」
それでも両手は首を捕まえたまま離してくれない。僕は、死にたいのだろうか。殺して欲しいのだろうか。どうせ何をしたってローザに会いに行くことなんてできないのに、彼女の生きているここに留まる方が辛いっていうのか。
「僕はまだ……君のために何ができる、ジルケ?」
ジルケは気付いていないかもしれない、僕が君を陰から手伝っていたということに。ジルケは知らないかもしれない、僕が世界で一番君を愛しているということを。あの地獄からジルケを助けたのは僕だ、あのクズを処理してジルケを救ったのも僕だ。僕こそが、僕だけが、君にとっての救世主に相応しい。そうでないとおかしい。
それなのに――いや、だからこそ、あいつが邪魔だ。あいつさえいなければ僕も救われたはずなのに、あいつがいるから僕は。あいつは僕のじゃない、あのクズのものだ。あいつが僕のものだったら多少は――いや、恨むことすらなかったのかもしれないのに。それがどうしても許せなかった。どうしてジルケと結ばれたのは僕じゃないんだ、どうしてジルケはあのクズを選んだんだ。
いつの間にか首も両手も自由になっていた。
そうだ、そうだよな。あいつを、あの少年を、いつ殺してしまおうか。だってほら、殺すための理由は充分に用意できているんだから。
もう一度、次は僕の救世主になるため、僕はゆっくりと立ち上がった。
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