23.交換

 おれには信用なんかないし、村人のほとんどにとって無価値かそれ以下だ。だから図書館のお姉さんも情報をタダでは渡してくれない。トウカコウカンだって言われたけど、どれくらいの価値の情報をくれるのか教えてくれなかったから、どんなものと交換にしたらいいのかなんて全然わかんなかった。とりあえず家に走って、ガラクタ置き場から何か探すことにした。

 いつもは二階にいるはずのクロックがいなかった。目を閉じて耳をすましてみても、家のどこにもいないみたいだった。じゃあせっかくだから、っておれはクロックの部屋で何か高そうなものを見つけることにした。これが盗みだなんてわかりきってるけど、そんなことより情報の方が大切だった。どうしても欲しかった。もし見つかったりバレたりしたら、ちゃんとあやまればいいし理由を説明したらわかってくれるはずだ。きっと協力だってしてくれる。

 そーっと静かにクロックの部屋に入って、中を確認する。やっぱりそこには誰もいなくて、壁にたくさんはりつけられてる時計の音しかない。って言っても、クロックも時計なんだから似たような音がするんだけど。

 入ってから思い出したけど、ここにはたくさんの宝石があるんだった。機械いじりが仕事なのにどうして宝石がこんなにあるんだっけ、今までそんなこと考えなかったけどそんなギモンが浮かんだ。

 図書館のずかんで見たことある石ばっかりだった。山おくの穴をほって石をハックツする仕事のおじさんが見せてくれたものだけじゃない。村ではとれない、外側からとってきたような宝石だってたくさんあった。いつもそんなとこ見ないから気づかなかった。

 でも、そうだ、そんなこと考えてるヒマはない。気になるのは確かに気になるけど、でもそんなことより早くお姉さんに渡すものを探さなきゃ。大きくて、きらきらしてて、すべすべしてて、それから……辺りの棚を見ながら歩いてたけど、いいのがない。と、机の上に宝石が散りばめられた小さな箱が置いてあるのを見つけた。いつもはこんなの置いてあったっけ? 思いながら箱を開けてみる。

「わぁ……」思わず声が出ちゃうくらい、ステキなコレクションだった。そこら辺に置いてあったり落ちてたりするのとは、全然比べものにならない。

 一面にわらみたいなのがしかれてて、ど真ん中にそいつがどんと座ってる。深い緑色の石で、金色でバラみたいなもようが五つ入ってる。ここにあるどんな石よりも、どんな機械よりもみがかれてて、キレイだった。おれの目から吸いこまれそうになって、そのままおれの全部がこの石に入っていっちゃいそうだった。

 でも気になるのは、それが割られてたことだ。何かの刃物で切ったとかじゃなくて、落としたとか、もっとかたいもので強くたたいたとか、そんなあとがあった。どうしてこんなちょっと見た目の悪い宝石を、ここまで大切そうに保管してるんだろう? もっともっとカンペキな形で美しい宝石なんて他にもたくさんあるのに。

 背中の方から蒸気が吐き出される音が聞こえて、はっとした。もしかしたらクロックは家にいるのかもしれない、もしかしたら今帰ってきたのかもしれない。早くしないと、早く出て行かないと、バレちゃうから。

 がたんって蒸気昇降箱が動き出すのが、床を通して足裏に伝わってくる。急がなきゃ。宝石箱をもともとあったのと全く同じにもどして、それから、昇降箱と入れちがうように様子を見ながら階段をおりてく。箱が開くときの大きな音にかくれて、玄関から出てく。あとは何も考えないで図書館に向かって、全力で走った。ふり返るなんてしないで、ずっとずっと走って行った。

「これでどうだ?」入ったらすぐに受付の辞書お姉さんに話しかけた。「おれが見た中で、いちばんキレイな石を持ってきてやったぞ」

 ポケットから、さっき見つけた緑色のわれた石を出した。それを受け取ったお姉さんは「意外」の文字を出しながら言う。

「これは、象嵌を施した……マラカイト? こんなもの村のどこにあったっていうの、素晴らしいわ」

「おい、渡したんだから早く――」

 おれはまだしゃべってるのに、お姉さんはおれの肩をつかんで受付カウンターにぐいって引きよせた。いきなりのことでびっくりして、むねをカウンターにぶつけた。

「ここにあるわ、坊やが知りたいこと全部」辞書頭のどこかのページから何かのメモが落ちてきて、それをおれのベストとシャツのすきまに押しこんできた。「誰もいないところに行ってから読みなさい。私の頭に入っていること全てを書いたわ」

「……わ、わかった」

「私から聞いたってことも秘密にするのよ。あとはもう私から出せる情報はないから、二度とここに来ないで」

 どん、肩を押されて急に穴につき落とされた気分だった。このお姉さんも例外じゃなかった。おれがジャマだからこんなふうに手伝ってくれたんだ。後ろをぱっと見てみると、今まで気づかなかったけど、村人が誰もいなかった。おれがここに来たからだ、おれがいるからみんなも図書館に来ないんだ。重しをつけられたみたいなまぶたで何回かまばたきをしてから、お姉さんにぺこりっておじぎして走って出てきた。

 でもおれが知りたいことはここに書いてくれたんだ、それだけでもカンシャしないと。村の中心とは反対方向にしばらく走って、つかれたところで止まって辺りを見渡した。誰もいない、何も感じない。だからお姉さんがくれたメモを開いた。

「ジルケは10年前のばらばら事件以来消えた人間の女の子、あのクズ男におそわれて子どもを宿してたというウワサ」

 やっぱりあの写真の女の子がジルケで、ユリシスと何かの関係があるってのは確かだ。でも後半はどういうことかな。「あのクズ男」って言うと……やっぱりあのおじさん、サックおじさんのことなのかな。オトモダチだったみんなも、その家族もみんなそんなふうに悪く言ってたから。

 一回はなした目をまたメモの方にもどす。

「あとは、えっと、ショクダイノヒには気をつけろ――?」

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