4.呼ぶ

 この村の家はどれもたてに長い。クロックの家も同じで、一階は玄関とキッチンとリビング、二階がクロックの階で仕事用の部屋と寝室がある。それから三階がおれの部屋。あるのはベッドとテーブル、本棚と窓くらいで、あとは味気ない。二階みたいに機械や宝石でいっぱいって訳でもないし、一階みたいに生活に必要なものがつまってるって感じでもない。あとは、上に四階も五階もあるけど、おれたちにはそんなにたくさんの部屋はいらないからって、今はほこりにまみれてる。たぶん、クロックが集めてるガラクタ置き場にでもなってると思う。最近は行ってなかったからわかんないけど。

 ベッドに寄りかかって体育座りしながら窓をながめる。どっちかって言えばおれたちの家はあんまり高い方じゃなくて、だから、窓から見える建物はもっともっと上にのびてる。下を見てみれば、いろんなガラクタ頭がうろうろ動いてる。クロックの仕事部屋にありそうなもの同士が手をつないで歩いてたり、機械じかけの虫の男の子と水そうの女の子たちがあちこち走り回ったり。高いところから見ればこの村のイジョウさがよく見えるんだけど、そんなイブツたちが集まった中にいるとおれこそがイジョウでイブツでイシツで。おれだけがジャマだった。おれもアレだったらよかったのに、おれもあの中にまじってもおかしくない見た目だったら。

 手のひらの中にある時計の針を回す。これはクロックの部屋に入ったときに見つけた、ナイフとか刃物みたいにするどくみがかれた、おれの手のひらより長い針だった。これを持ち歩くのはもちろんクロックがそばにいるって思うためとかお守りとか確かにそういうのもあんだるけど、これをふり上げればたいていの子どもたちはおれをよけてくれるってのがいちばんだった。いじめっ子たちからにげやすいからいつも持ってた。クロックにはナイショで。

 と、おれのすぐそばをパタパタ通りすぎようとしてる何かが見えた。ぱっとしりを持ち上げてしゃがむ体勢になれば、そいつは何を感じたのかベッドの上で動きを止める。よく見ればそいつは、機械じかけのチョウだった。こんなちっちゃくて気持ち悪いやつでも、機械じかけだから許される。おれはちっちゃくもないし気持ち悪くもないのに、人間ってだけでこの村では許されない。虫なんてみんなにきらわれててもおかしくないのに、おれはこいつよりイヤがられる。どうして?

 おれは針をにぎり直して、そいつの中心めがけてさしてやった。そうすればチョウの中から茶色の液体が出てくる。こいつはホンモノの虫じゃないから、ニセモノだから、中には血の代わりにオイルが流れててそれで動いてる。もしかしたらクロックが造ったやつかもしれないけど、そんなことはどうでもよかった。だってこいつよりおれの方が――。

 そういえば、この前こんな虫を食ったことがあったな。あいつらは今みたいに中心をつきさしてやれば動かなくなるから、それでアシを一本一本もいで、それを食った。どんな味だったかなんて思い出せないけど、こんなもん二度と食うかってくらいまずかったのは覚えてる。

 針ごとチョウを持ち上げて、窓に近づく。ハンドルをきこきこ回して窓を開けてから、こんこん外の壁にあててチョウの死がいを落とす。もったいないな、こんなに大切なキレイな針なのに。シャツのすそをのばして汚れをふいた。

「ユウ」部屋のドアのノック音と一緒にクロックの声が聞こえる。「村長が呼んでいるようですから、一緒に行きましょう」

 ついに来た。これでおれは正式に「いらない子」のラベルをはられることになるんだ。きっともうクロックもおれの世話をしてくれなくなる。カクゴを決めないと。

「……ちょっとだけ、待ってて」

 言いながらハンドルを逆に回して窓を閉める。砂まじりの風がやむ。ぱっぱっと服をはらって砂を落とす。変なところがないか、首元のリボンはゆがんでないか、シャツのボタンは外れてないか、ブーツのヒモはほどけてないか。手に持ってた針は、外側から見えないようにってベルトにさしこんだ。

「なあ」ドアを開けながら話しかけた。「やっぱり行かないとダメかなぁ」

 クロックはいつも通りの時計頭だった。まあ、そんなこと当たり前なんだけど。やっぱり、相変わらず表情なんてガイネンごとなくした頭だった。

「本当ならユウの気持ちの方を尊重したいのですが……事が事ですからね、行かないという選択肢はないでしょう」

「ごめん、そうだよな。ね、おれが村長に何か言われてるときって、クロックも一緒にいる?」

「ええ、村長が何と言おうと一緒にいましょう。約束します」

 先を行くクロックに続いておれも階段をおりる。何段かおれの方が上にいるはずなのに、それでもクロックのハットはおれより上にある。それだけクロックはでかくて、おれはちっちゃい。人間よりもここの村人の方が背が高いかもって思ってたけど、それだけじゃなくって、おれとの間にさがある。おれはまだ、子どもなんだってツウカンする。

 玄関まで来たらクロックがおれの身だしなみをチェックしてくれる。やっぱりかたむいてたリボンを結び直したり、しわになってたシャツを引っぱったり、おれが気づかなかったブーツの汚れをはらったり。それから最後にマスクを着けてくれる。カラスみたいにくちばしがついてて――って言っても、おれはクロックが造った機械じかけの鳥しか見たことないけど――目の部分が黒いレンズになってる。大昔にはやった病気の対策で使ったとかなんとか、のマスクらしい。おれには関係ないからよく覚えてないけど。

「よし、これで良い。じゃあ行きましょうか」

「……うん」

 少しこわいおれは、クロックの左手をぎゅっとつかんだ。

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