31.リピート

 はっと目を開いた。

 今は何時だ? あれから何分たった? 壁の時計を見ても、全部が全部こわれてて時間が読めない。でもあれはただ止まってるんじゃない、ガラスは割れて針は落ちてる。誰かがやったにちがいなかった。ケルツェなのかな、それともクロック? たぶん――。

 とにかく急がないと。おれは立ち上がって、服を直すなんてしないで部屋から出ようとした。でもどうしたらいいかわかんなくて、ドアの前で立ち止まる。まずは……そうだ。さっきまでのことを整理しよう。

 おれはケルツェとふたり、部屋で会議をしてた。わかったことは何がある? ジルケはユリシスが連れてきたってことと人間の街ではドレイの少女だったってこと、そのジルケがおれの母親で父親はたぶんサックおじさんだってこと、ケルツェは何よりユリシスが大切だってこと、さっきおれをなぐったのはケルツェだってこととたぶんおれの味方じゃないってこと、クロックとローザは恋人同士だったってこと、ローザを亡くしてクロックはこわれちゃいそうだってこと、それから……。

 もう一回クロックの部屋の中にもどって、机に置いてあるやぶかれた手紙を見る。

「……のローザ……殺した……は女。サック、を殺し……と同じ……?」

 あいかわらずうまくなんて読めないけど、あせらないで見てたら少しずつ見えてくる。ピースとピースがつながって、クロックが見た文字がちょっとだけうかんでくる。

「ローザを殺したのは女ってことだよな……でも、そんなこと言われたって誰かわかんないだろ」

 読み終わったかけらを机の上にもどしてから、あごに手を当てて考えてみる。と、足元に白い何かが落ちてるのを見つけた。しゃがんで拾ってみれば、それもあのメモのかけらだったみたいだ。何か文字が書いてある。

「――ジルケ?」

 そうか、紙には「人間の女」って書いてあったんだ。じゃあ、ローザを殺したのはジルケなのか? おれの母さんがローザを? それにサックおじさんの名前があるのはどうしてだ? これを読んだクロックはどうしてこんなにあばれて、どうしておれに何も言わないで家を出てったんだ?

 何となく、頭の中にイヤな予感がうかんだ。もしそうなら、早く行かないと。早く助けに行かないと――。

 でも、どこに?

「だーっ、もう! 何でもいいから早く行かなくちゃ!」

 おれは玄関を飛び出した。辺りは静かだ。こわいくらいに何の音もない。聞きなれた時計の音も全部なくなって、おれは心細いはずだった。でも意外とそんなことはない。家の外でもおれは人間でいる、なのにそれがこわくなかった。マスクも手袋も何もなくても、こわくなかった。ただ走って走って走り回って、クロックを探した。

「クロック、まだ何もないよな。早く助けに行かないと、はやく、もっと速く……!」

 広場を一周したけど、どこにも誰もいなかった。周りの家の窓からヒトがガラクタ頭を出してる。たぶんおれをイヤがってるんだ。でもそんなのはどうでもいい。おれが探してるのはお前たちじゃない。おれのたったひとりの家族、クロックだ。あいつは、あいつだけはおれの隣からはなれちゃダメなのに――。

 そのとき、どん、って大きな音が鳴った。それは村長の家の中からだった。

「そこにいるのか、クロック……?」

 ベルトにはさんだ針を取り出して、かまえながら村長の家と目を合わせる。こんなときでもニンショウシステムをスキップするのはできないんだから、もどかしい。中から女の人の高い声が聞こえる。悲鳴みたいな、おびえてる声。それからにぶいイヤな音が聞こえて、蒸気の抜け出る音が全部を消した。

 ドアの目はまだおれをながめてる。早くしろ、早くしろ! じゃないとクロックが、ダメになっちゃうかもしれないんだ!

「開けよ……っ!」

 おれがどなるのと同じタイミングでドアがゆっくり開いてく。そこに見えたのは、見なれたロングコートの、大きな背中――。

「く、くろっ……く?」少しだけ安心したのに、それはクロックじゃなかった。いや、確かにクロックではあるんだけど、あんなものはニセモノだ。見たくなかった。

 背中がぐらりとゆれて、クロックはおれの方を見ることもなく前に歩き出した。真っ暗なヤミの中に、消えていった。その右手には太くて長い、パイプがにぎられてる。

 ……信じられない、こんなの。

 ぐちゃぐちゃになった、人間だったはずのものがそこに落ちてる。見たことあると思ったその服装は、そうだ、サックおじさんと全く同じものだったことを思い出した。

「かあさん」

 無意識にその四文字が口からもれる。そこにいたのは、ジルケなんだった。顔ももうわからないくらいなぐられた後だったけど、確かにおれのホンモノの母さんだった。

 おれの足元にはじんわり赤が広がってくる。

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