30.象嵌

 夢の中にいた。おれはふわふわ浮いて家の中を見てて、そこにはちっちゃいころのおれとクロックと、もうひとり。ドレスの首元から明るい緑色が一本のびて、そこから五つの花が咲いてる。赤、青、むらさき。その花はバラだった。

「本当に可愛いですわね、ユウは」

 やわらかい布にくるまったままのおれをカゴから抱きあげながら、ローザはやさしく言う。なつかしい声が、耳をくすぐる。

「ここまですくすく育ってくれて嬉しいものです……やはり君の力がなければ、この子もここまで回復はしなかったでしょうね。本当にありがとう、ローザ」

「いいえ、とんでもないですわ! あなたの頼みですもの、当たり前のことをしただけですわ」

 ふたりでおれを見つめて、それから顔を見合わせて。たぶん、ほほえんでるんだろうな。その頭からじゃおれには何もわかんないけど、幸せなんだろうなってのはその空気から伝わってくる。

 赤んぼうのおれの顔に、だんだんバラが近づいてく。トゲが近づいていく。たぶんそれがこわくておれは、イヤイヤって両手両足を大きく動かす。ローザはあばれるおれを見て、バラをかしげた。クロックの腕がのびてきてバラをなでる、ちょうどおれのほっぺをさするときと同じみたいに。トゲが遠ざかって、おれは安心したらしい。おだやかな顔になって、満足そうに目を閉じた。

 そんなおれをはさんで、ほんわかした空気があふれて。ふたりは顔を見合ってた。それから顔を近づけて――それは、人間のする「キス」ってやつに似てた。

「ありがとう、ローザ」最近のクロックとは全然ちがう、やさしくてあったかい声だった。「君のお陰で私の人生は花のようで、宝石のようです。君がいてくれたから、私はこうしていられるのです」

「そんな……それはわたくしの言葉ですわ。堅苦しい家に生まれてしまったわたくしを救ってくださったのはあなたですもの」

 静かな空気、でも冷たくなんかなくてむしろあったかい。こわさなんて少しもなくて、どこを探しても見つからないくらいにやわらかい。

「このまま君をさらってしまえたなら、どれだけ良かったか……」

「いいんですの、わたくしはこうやってあなたと時間を共にするのが好きで――いいえ、わたくしが愛しているのは時間ではなく、あなたですわ」

 照れくさそうに立ち上がったクロックは、キッチンの方から紅茶の入ったマグカップをふたつ持ってきた。あれ、と思う。おれにはココア、クロックにはコーヒー、じゃなかったっけ?

「ねえクロック、これからはわたくしたち三人家族になれるんですの?」

 ローザは腕の中のおれをゆらゆら抱きしめながら言う。

「この子は、そうですね……本来なら人間の親の元に返したいところですが、何せ親が見つかっていませんからね。少なくとも、そう、見つかるまではここで育てた方が安全でしょう」

「それがいいですわ!」ローザはおどるみたいに立ち上がって、おれを見つめてうれしそうに言う。「ユウはわたくしたちとは違って人間の子ではあるけれど、わたくしたちならわかり合えますわ。ふたりで愛を注いで、素敵な大人に育てましょうね」

 紅茶を一気に飲みほしたクロックは、いつもと同じコートのポケットから何かを出した。手のひらの中で光るそれは、宝石だった。濃い緑色の、小さくかがやく、宝石。

「あら、それはわたくしがあなたに差し上げた宝石ですわね? もしかしてこれ……クロックが装飾なさったのですか?」

 クロックの大きな手のひらから、ローザの細いその手に宝石が移る。緑色、キレイな金色のバラもよう。それはちょうど、あの昼すぎ、図書館に走ったときにおれの手の中にあったものに似てる。いや、似てるんじゃない、これは――。

「これで私たちは家族です。しかし……村のみんなは、わかってくれるでしょうか」

「そうですわね……」両手で宝石を包んでいたローザの背中がちょっと丸くなった。「もう少し、あと少しだけ、わたくしたちふたりとユウの秘密にしておきましょう?」

 ずっと幸せが続いてた。おれをはさんで三人で、こんなにステキな道だってあった。

 そうですねってうなずいたクロックの秒針は、少しだけ早い。

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