29.不滅の

 ケルツェの話は何だか物語みたいだった。いつも図書館で読んでた作り話に似てた。ヒーローとお姫様の、あの世界だ。

「でもそんなにくわしく、ユリシス本人から聞けたってのかよ?」

 動きが一瞬だけ止まる。ゆらゆら、ロウソクの火がゆれる。ケルツェは少し上を向いた。

「……あー、まあな。あたしにとっちゃこんなの朝飯前だっての。ほら、あたしは情報屋だからな。どんな情報だって向こうの方からやってくるんだよ!」

 よくわかんなかったけど、ケルツェがちょっとだけ焦ってたのはわかった。最初は自信なさそうだったのに、だんだん声が大きくなって、早口になって。でも、どうして?

「ほらほら、あたしが持ってる情報はこれで全部だよ。で、どうだ?」

「どうだも何も……って、じゃあおれはジルケとユリシスとの間の子どもって可能性も――」

「な訳ないだろっ! 彼はそんなんじゃない! あんな女に騙されるような、惑わされるようなヒトじゃないんだよ!」

 急にケルツェがどなるから、びっくりした。だけど、そうか。なるほど、これでケルツェのスイッチがどこにあるのかはっきりわかった。でも、それがわかったところで、おれはどうしたらいい? ケルツェが悪者なのかおれの味方なのか、それはどっちにしたってまだよくわかんない。とりあえず「気をつけろ」ってのは守れてると思うけど。

「あぁ、いや……悪かった」視線と腕を下ろしながら、ケルツェは言う。「あんたにこんな風にしたって、何の意味もないのにな」

 ため息をついてから勢いよく立ち上がったケルツェは、そろそろかな、って小さくつぶやいた気がした。

「とにかくさ、もうこんなタイミングだから言うけど、あんたには早くジルケって女を見つけてさ、いるべき場所にふたりで帰って欲しいんだよ。あたしだってあんたのことは好きさ、話してて飽きないしな。けど――あたしの邪魔なんだよ、ごめんな」

 ケルツェの言葉に対して何か返したかった、何か考えたかった。そうしないとダメなはずだった。だってたぶんこれって、やっぱり、ケルツェはおれの味方じゃないってことだよな。でも、何もできなかった。下の階から大きな音が聞こえたからだ。機械がこわれたような、床に打ちつけてこわしたみたいな、そんな物音だった。

「――じゃあな、ユウ」

 最後に、ケルツェに背中をどんって押されて、部屋から追い出された。閉まってくドアのスキマから見えたその火は、どんなときよりも静かで、どんなときよりも冷たく見えた。

 でもそんなこと考えてるヒマなんてない。クロックに何かあったにちがいない。もしかしたらケルツェが何かしたのかもしれないし、誰かに何かさせたのかもしれない。いや、もしかしたらユリシスかな、もしくはジルケ? それとも、誰でもなくて、ローザが?

「クロック!」大急ぎで階段をおりながら、大きな声で呼びかける。「何かあったのか! 大丈夫か! 返事しろ!」

 あの大きな物音が聞こえてから、何の音もしないし気配もない。もしかしたらもう、クロックは……そこにはいないのかな。

 二階について、クロックの部屋のドアに体当たりしながら入る。いつもガラクタであふれかえってるけど、こんなに汚くはなかったはずだった。いろんなものがそこら中に飛び散ってて、整理されてるいつもの状態とは全然ちがってた。機械やら歯車やらネジやら、それだけじゃない、宝石もだ。色とりどり落ちてて、花畑みたいだった。

 ――そうか、思い出した。この宝石たち、ローザにもらったんだっていつもクロックはうれしそうにしてた。この宝石箱には特別な石が入ってるんだって、約束を保管してるんだって。どうしてずっと忘れてたんだ? おれはおれのことばっかりで、どうしてクロックのことを考えられなかった?

 いくつも似たような石が散らばってるのに、ひとつだけが見当たらない。あれだけがひとつもない。あの日おれが、自分勝手でうばっていった、あのきれいなマラカイトだけが。

 と、机の上にびりびりにやぶかれた紙が落ちてるのを見つけた。でもびりびりだから、どこがどうつながるのか、全然わかんない。どうにかパズルみたいに組み立てて、ちょっとずつ読んでく。

「ローザ、した、は、女……サック、殺、ル……? 何を書いてるんだかさっぱり――」

 どん。

 頭をなぐられた。いや、これはなぐられたなんてもんじゃない。重たいもので力いっぱい、本気で殺すときみたいな力で打たれたんだ。

 足に力を入れてられなくなって、ひざからくずれる。その場にたおれて、今にも閉じそうな目でそいつを見た。反転したおれの視界に映ってるのは白い何かと、その上でゆらゆらゆれる火。真っ赤にもえてる、ロウソクの火――。

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