12.映画

 クロックが晩ご飯を何にしようか考え始めるころ、蒸気回覧板に受信があった。もちろん村長からのメッセージで、「この後フィルムを流すのでご覧になりたい方は私の家までお越しください」って話だった。

 クロックとならんでそれを読んでから、首をひねった。「フィルムって何だ?」

「そうですね、ユウは初めてですから知りませんよね。この村でフィルムと言えば走馬灯のことを指しますが、蒸気機関投影機を見たことは?」

 おれが首を横にぶんぶんふると、クロックはひとつうなずいてから説明を続けた。

「あれは、生き物の脳を読み込ませると勝手にハイライトを作成してくれる代物でして、ここ数十年では亡くなった人の死をいたむために使用されています」

 名前とかどんなものだとかってのは少しくらい聞いて知ってたけど、実際に見たことも体験したこともないものだった。となると、やっぱりちょっと楽しみにもなる。

「じゃあ、ローザの生きてたころの映像が流されるのか?」

「そうなるでしょうね」

「クロックは、行くのか?」

「ええ、もちろん。君は、来ますか――?」

 おれたちは外に出た。もう手なんてつながなくたって大丈夫だった。相変わらずしめってるのかかわいてるのかよくわかんない風にほっぺをたたかれながら、砂ぼこりがゴーグルに当たるのを見る。

 村長の家の昇降箱に入ってボタンを押す。黒い村人たちは、ソウシキのときより少なく見える。でも広場で見たことあるヒトたちはほとんど見かけるんだからすごい。それだけローザが愛されてたってことなのかな。

 どこかからのウワサ話で聞いた、今回の走馬灯は編集が入ったんだって。やったのはユリシスだって。ってことは、きっと都合悪い部分は全部切ってるんだろうな、なんて思う。だって、やったのはユリシスなんだろ。あいつは必要だったらヒトも殺すようなやつだし。いや、これは勝手な想像なんだけど。

 ずらっとならべられたイスの通路側、いちばん後ろにクロックとならんで座る。ここだったら目立たないからって、クロックがおれをかくすみたいにしてくれる。

「なあ、これっていつ始まるんだ?」

「村長によれば十七時から一時間程度の上映とのことでしたから、あと一分と十九秒です」

 時間をきくといつだって何秒ってとこまで教えてくれるのは、クロックって存在になれすぎちゃったおれに、もう一回、こいつは時計頭なんだぞって教えられてるみたいだった。こいつとお前とじゃ全然別物で、お前はこいつにはなれないんだぞって。

 いつもはクロックと話してたら一分どころか一時間だってあっという間なのに、今は静かすぎて話せないしつまんないしで、一分一分を長く感じた。きょろきょろ辺りを見渡せばみんな何もしないでずっと待ってるみたいだった。ローザのことを待ってるんだった。待ってたって出てくるのは映像のローザであって、ホンモノじゃない。それが何だか悲しくて、むなしい。

 村長がスクリーンの目の前に立ってあいさつしてる。今日は来てくれてありがとうとか、今までよくしてくれてローザも幸せだったとか、きっと今は天国で笑ってるとか、そんなこと。

 村長がさっさと下がると、会場が真っ暗になる。それからぱっと真っ白な光が映されて、走馬灯が始まる。

 この前クロックに聞いたけど、走馬灯ってのはもとは照明の一種で、中に入ってる影絵ってやつがくるくる回るらしい。それが人生みたいだってことで走馬灯って言葉だけがひとり歩きして、死ぬ前に見るだとか思い出にひたるだとかそんなときの表現に使われるようになったんだとか。それなら本当に人生を映画みたいに流せる機械があればいいのに、って言ったのは誰だか知らないけど、その一言で機械いじりが仕事のクロックたちが作り始めたらしい。よくわかんなかったけど、思ってたよりずっとクロックがすごいってことはわかった。そういえば村長の家のあの箱も、回覧板も、作るのにクロックが関わってたってのはそのときに知った。

 なんてことを頭の中でおさらいしてたら、ふと、周りから鼻をすする音が聞こえ始めた。スクリーンを見れば、ちっちゃいころのローザが楽しそうに広場を走り回ってるシーンだった。何となく、おれの中から何かが落ちたような気がした。

 ぱっと隣を見てみるけど、クロックはいつものクロックだ。こういうときおれはどうしたらいいのか知らない。おれにはいつものクロックに見えてるけど、本当は、クロックの本音はいつもとちがうとこにあるんだと思う。もしかしたら見間ちがいかもしれないけど、クロックの秒針は逆に回ったり一秒に二回進んだりしてた気がする。そんなことには気づける、だけど何を言えばいいのか、何をしたらいいのかわかんないから、おれは知らないフリをして視線を落とす。そしたら今度はクロックがつぶれそうなくらいに力をいれて、手をにぎってるのを見つけちゃった。

 さっきのさっきまでいつも通りで、見た目だってほとんど何も変わんないのに、全然ちがう。そうだよな、そりゃそうなんだよ。クロックはおれとはちがって大人だから、こんなときでも「いつも通り」をしなくちゃならないんだ。大人だからそうやっておれを安心させてくれたのかもしれないし、もしかしたら大人になりきれなくてそれがあふれ出ちゃってるのかもしれない。おれはクロックじゃないから、本当のとこは何もわかんないけど。

 誰にも気づかれないように、音を立てないようにイスから立ち上がって、式場の外に出る。箱に乗るとうるさくて走馬灯どころじゃなくなっちゃうだろうから、しかたなく階段を使うことにした。下りだからよかったけど、ここは七階だからだいぶ時間がかかる。

 一段だけおりてから、ふり向く。あんなクロック初めて見たし、もう二度と見たくなかった。弱ってる大人って見てて辛くなるし悲しくなる、たえられなくなるんだ。こんなブキミな式になんて参加できない。おれが人間じゃなかったら、もしかしたらこんなふうには思わなかったのかもしれないけど、何だか、おかしな頭が感情もなくどっかからなみだを流してるのがこわかった。

 ずっとゆるゆるお湯につかるみたいにこの村にいたから、もうなれたと思ってたけどそうでもないのかもしれない。この会場のどこにも見当たらない感情が、おれのここにだけ見つけられる。やっぱりおれだけがイシツだった。

 みんながオニみたいな顔でこっちを見つめてる気がして、急いで階段をおりた。

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