11.もう二度と

 おれがクロックに変なことをきいちゃったからイヤな空気になってたけど、昼ご飯を食べればすぐ大丈夫になった。クロックもそこまで怒ってなかったのかもしれないし、おれの気持ちの持ちようってやつだったのかもしれない。

 そんなふうにおれの心にヨユウができると、この前の話を思いだした。気にくわない、許せない話のこと。

「おれの前に人間の女の子がいたって話だけど」茶わんを洗ってる大きな背中に話しかける。「何か問題でもやらかしたのか?」

 クロックの動きは少しだけ止まる。ジャーって水の流れる音だけが部屋に満ちて、それからまたキュッキュッて食器をなでるスポンジの音が始まる。

「この前は夜もける頃で、全てを話すことはできませんでしたからね。そりゃあ、気になりますよね……」

 少しだけ、話したくなさそうだった。

「何かあったから、だからそいつと同じ人間のおれもきらわれるようになった、ってことだったのか?」

「まあ、私も詳しくは知らないので大まかなことしか話せませんが――」

 手の泡をキレイに洗い流して、それからこっちを見た時計頭は相変わらず正確に時間をきざむだけ。おれの方に近づいてきて、それから隣にゆったり腰を下ろした。

「人間の営む大きな街では、大量の子どもたちが奴隷どれいとして売りに出されていたそうです。人間の街でも私たちと同じく、ヒトを売ってはならないというルールがありますから、本当は許されないことです。それに怒ったこちらの村人――正確にはわからないですが、外に出られるふたりのどちらか、つまり村長かもしくはユリシス――が奴隷になる寸前の少女をひとり、こっそり村へ連れ帰りました。二十年程前の話ですから、君が生まれるよりずっと昔ですね」

 クロックは、あの夜に拾った写真をポケットから取りだして、じっくり見てた。おれも一緒にのぞきこむ。

 確かにその女の子は、フツウの人間よりかは少し――いやだいぶ細い気がしたし、骨が浮き出てるみたいだった。色あせてるから本当はわかんないけど、顔の色もよくないみたいだ。

「あれ、そういえば、どうしてクロックたちは外に出られないんだっけ?」

「それは簡単なことで、人間に嫌われているから、ですね。こんな見た目ですから、大勢が行けば人間は怖がってしまうでしょうし」

「……ふうん、おれは全然こわくないけどな。人間ってナンジャクだな」

「ふふ、君はそうでしょうね。人間とは言え幼い頃からここで暮らしていますから、この風景が当たり前でしょう?」

 人間がそうやって決めたからただの村人は外に行けなくて、決められた人――村長家の男の人ふたり――だけが人間の街に出られるらしい。変なルールだな、そう思った。でも今のおれのことを考えれば、そうなるのも自然なのかも、とか。

「で、その女の子は何したの?」

「彼女は十年前……ヒトを、殺したのです」

 息が止まった。

 あぁ、そういえば村長とクロックの話し声をぬすみ聞きしたときに聞こえた「ゼンレイ」ってのはこれのことだったのかな、なんて変に冷静なおれが頭の中にいた。だからこそ、おれへのケイカイが強かったんだ。仲よくしてもらえないのも、ガラクタを投げつけられるのも、悪口を言われるのも、だからだったんだって思った。

 でも、もっと辛くなる。許せなくなる。だってそれはおれの話じゃない。

「君も聞いたことはあるでしょう、例のばらばら事件の犯人が彼女だったそうです。と言っても、まだそうかもしれない、程度ですがね」

「やったのはその女の人じゃないの?」

「ほとんど間違いないと思われているのですが、如何せん、彼女はあれ以来消えてしまいましてね……確かめようにもすべがないのです」

 確かめたくても、その子が村の外に出てたら村人は外に出られないから見つけられない? 何だそれ、おもしろくない。

「んで、そのばらばらにされてた死体ってのは? 誰だったんだ?」

「それが……頭だけがなくて、今でも誰だったのか調査中らしいです。村人が欠けた様子がないというのが捜査を難航させているとか」

「村人が欠けてない、ってどういうこと?」

 クロックは視線を落として、指をいじいじさせながら言う。

「その遺体は男性だったのですが、村の全ての男性がいたんですよ」

 よくわかんなくて首をかしげたおれを見て、クロックはつけ足す。

「その事件でヒトがひとり減ったはずなのに、村人みんながいたんです。いなくなったのはその人間の子ひとりだけで。だから誰が殺されたのかは、未だにわからず……」

「ってことは、ヒトが死んだのは確かなのに誰が死んだかわかんない」親指を立てる。「その犯人はほとんど確実に人間だけど、どこ行ったかわかんない」人さし指を立てる。「そんな過去があるから、おれがよく思われない」中指を立てる。「そういうこと?」

「そうなってしまいますかね。この事件に関しては、外に逃げたであろう彼女の捜索も遺体の調査も、ユリシスが外側と掛け合ってくれているそうですが……まだ何も掴めていないようです」

 また出た。その名前が出るたびにおれはイヤになる。こんなにもアヤシイのに村人はみんな信じてるって、どうかしてるよ。

「あの男、何してもアヤシイからおれはきらいだ」

「ユウ、もし君の本心だろうとも外では言わないことです。彼は村人みんなから好かれている方ですから、そんなことを言っては反感を買います」

「どうせアレだろ、それだから人間は二度と村にいれるなって言ったのもあいつなんだろ。おれがこんなふうにされる理由を作ったのはあいつなんだろ」

「言い出したのは誰だかわかりませんが、最終決定をしたのは村長とユリシスです。彼の独断ではない」

 そんなふうにユリシスをかばうクロックの声だって、少しくらい苦い。

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