02.魔の森第1号作戦 チビッコどもを救助せよ

 角狼から少女ステラを救った私、魔術師タイムは彼女とともに森の入り口へ向かう。

 カルデラの外輪山が浸食によって崩れた谷間に、3人の子供がいた。

「姉ちゃん!」と少年が叫んで走って来る。

「ダン!」嗚呼、感動の再会だ。

「何で逃げなかったの馬鹿!!」あれ?そういやそうか。


 ステラは自分が囮になって3人を逃がそうとしたのだ。つくづくいい娘や。

「姉ちゃん自分だけ死ぬつもりだった!姉ちゃん置いて逃げたって家にはもう帰れないんだ!」ダンはステラにしがみ付いて泣き出した。

 この子もいい子や。人間、辛い目に遭って、他人につらく当たる様になるか優しくなれるかで本性がわかるもんだな。

「ねーちゃ」と乳児を抱いた5歳位の女の子もステラに近づく。

 この二人は、と過去を見る。

 ステラと同じ村のヤミーとミッシ。ヤミーはダンと同じ7歳、ミッシは1歳だが、乳児の様に小さい。二人とも栄養失調気味だ。食料を確保するために冬を前に村から捨てられたのだ。


 ちょっと辛気臭いので空気を換えよう。

「もうみんな大丈夫だ!おじさんが魔物をやっつけたからな!あとダン君、君の腕を治すぞ!」

 泣きはらしていたダンがポケっとこっちを見る。

 とっても怪訝な目線を受ける。ステラもダンもヤミーも…ミッシは幼児だからわからないけど、目鼻立ちが整っている。平たい顔民族の、冴えない中年オッサンである私は、そりゃアレだろう。だけど僕はくじけない。笑ってしまおう。

「おじさんは魔導士だ。君の腕を元の通りにする。見ていろ?時間反転~、チェースト!」

 再び時間を戻すと、数日前にへし折られ切り捨てられた腕が戻る。

 唖然とするダン、喜ぶステラ。

「ダン!腕が、腕が…」

「姉ちゃん、俺の腕が戻ったよ!動くよ!」手を握ったり広げたりして確かめるダン。

「姉ちゃんもさっき走ってこなかったか?」

「ええ、私の足も、病気も治ったの!この謎のおじさんの魔法で!」

 はい、謎のおじさんです。

「すごいー!まほうみたいー!」ついでに喜ぶヤミー。だから魔法だって。


「とりあえずみんな、ここにいても仕方ない。

おじさんの城…もとい家に招待しよう。さっき出来たばっかだけどね」

 と誘うと、ステラの表情が強張った。そうだろう。これじゃ誘拐魔と変わらないからね。

「風呂、食事、寝場所を皆にあげよう。その替りお願いがある」

「な、何よ?!」うわ、ステラの警戒心MAXだ。

「私と一緒に、家の周りに畑を造って欲しい。取れたものはみんなで一緒に食べよう。おじさんは魔物をやっつけて肉にして、これもみんなで食べよう。

一人でいても寂しいだけだが、みんなが一緒なら寂しくないし、面白そうだ。

どうだ?一緒に暮らしてみないか?」

「おうちにかえれないの?」とあどけなく尋ねるヤミー、そして顔をそむけるステラとダン。

「帰れないんだよ…」ダンが苦々しく言う。

「どして?」

「俺たちは、親父やお袋に、捨てられたんだ。」言葉の最後、力を失った呟きの様になっていた。

「どして、どして?おうちに帰りたい、ママに会いたいよ!」


 辛いな。捨てられる子はいつもそうだ。最後まで、自分を捨てた非情な親に縋る。

だがここで怒っても仕方ないので、意を決して話題を逸らそう。


「ミッシがお腹を空かせている。寒くなってきた。先ずは温かい家に行って、美味しいご飯を食べよう」

「ごはんー!!」待てヤミー、心配した空気を返せ。

「ごはんどんなの?パン?スープはお芋入ってるの?」必死のリクエストなんだろうが、悲しい事に肉のリクエストが無い。

「こらヤミー!知らない人に強請るんじゃないの!」といいつつお腹の虫が鳴くステラ。

 ダン、こっちをジッと見つめる。

 ヤミー、淀んだ空気を強制チェンジさせる逸材だな。

「よし、ふわふわなパンをちょっと、肉と芋と玉葱のスープをちょっと。最後に、果物に蜂蜜をちょっと。ミッシには、美味しいミルクを少しづつだ」

「肉!にくー!でも、ちょっとなの~?!」

「ああ、ちょっとずつ、一日5回に分けて食べような。空き過ぎて縮んだお腹が破れないようにな。」

「一日五回~!!幸せー!」


「ステラ、ダン、いいかな?良ければ私に掴まって。城に戻るよ」

「え?お城なの?」あ、ステラの突っ込みに「えー。さっき築き始めたばっかりだ。まだ一軒家、いや二軒屋だ。」

「城じゃないでしょ?どんなところよ?」疑問に思うのはいい事だぞ、ステラ。

「百聞は一見に如かず、アイキャンフライ!」

 強引に4人を一緒に空へ持ち上げる!


「キャー!」「うおー!」「ふあー!」「…」

 遠く西の空に、赤い色に染まった二つの太陽が見える。デ〇イアだ。4人を空に上げ、さっき完成させたばかりの奥書院目掛けて一っ飛び!

「キャーっ!どうしたのこれ、どうしたのー!」怯えるステラ。

「すげえ、姉ちゃん、俺たち空飛んでるよ!」おお、順応して楽しんでるダン。

「ふわー、ご飯早く食べられるの?」ヤミー…逸材だ。

 反応の薄いミッシ。大丈夫だろうか?衰弱気味だが、深刻な飢餓には至っていない。

「あの丘の上が私の城、の第一歩、奥書院だ!」と言ってる間に着いた。


「わー、おっきいおうち~!!」

「でっけぇ」

「本当にお城だわ…」

 多分みんな色々あり過ぎて頭パンクしてるだろうなあ。玄関に着陸する。

「まずは体を綺麗にしてからご飯だ。ミッシにはすぐにミルクを飲ませる。ちょっと待ってな。」

 手元に異空間倉庫に繋がる窓を開け、幾度も栄養失調の幼児に食べさせた、RUTF=そのまま食べられる栄養食品を取り出した。

 元気がないミッシの手に、微量を近づけた。アレルギーは無さそうだ。この世界の不潔さならそうだろうなあと思いながら少し食べさせる。むぐむぐ口にする。カワイイ。しかしやせた姿がかなしい。

 ミッシはぱあっと目を見開くと、「んま、んま」と次を欲しがる。この子の反応を始めて見た。


「ミッシがんまんましたー!」ずっとこの子を抱いていたヤミーが喜んだ。

「ほんとだ!」「美味しそうに食べてる…これ何?」

「ああ、これは豆と甘い粉と油を食べやすく練った、お腹が空いて苦しい子の為の特別な食べ物だ。みんなには綺麗になった後にご飯を用意するから…」

「ちょうだい!」「俺も欲しー!」「ちょっとみんな…えー」

「待てぇ!ミッシの後に、一口ずつ、な?」


 RUTFはピーナッツや糖類等を含んだカロリー補給食なので、甘くておいしいのだ。私の子供もピーナッツバター大好きだったなあ。アレルギーがあると即死する危険もあるので要注意なのだが。

 みんなアレルギーが無かったので、ミッシに必要量を食べさせた後に、一口ずつだべさせ…

「あんまー!甘、甘、おいちー!」「うまー!」「甘、こら甘い!甘いよこれは!」

 好評で何より。

「さー、じゃみんなで温泉入ろー」


*******


 先ず、水洗トイレの説明をして、湯船で漏らす事が無い様説明する。ステラは顔を赤くして「しないわよ!」と抗議する。一同スッキリしてトイレから出て来る。


「じゃー私とダンで風呂の入り方を説明しますー」

「えー?!俺か?!」「そでーす!」と二人でスポポーンと裸になる。

 一応腰にタオル巻いているけど。ステラは微妙なお年頃なので「きゃー!」目を逸らす。

「さっきの甘いのもっとほしー」と全く気にしないヤミー。

「ま、とりあえず見てくれ、その後女の子は私の真似をしてお風呂に入って綺麗になってくれ。」


 と促して、唐破風の入り口をくぐると…そこは日本名物、温泉であった! 湯舟の半分は屋内に、半分は屋外に通じる露天風呂だ。とはいえ外はまだ木も植えていない野原だが、湯気が寒空に立ち昇っている。

「すげー」ダンには語彙を憶えさせないといけないな。

「あったかい。お湯があんなにいっぱい、それに木の臭い、とっても贅沢。貴族みたい」湯舟に手を入れるとうっとりとするステラ。


 ダンに掛湯させ「うぁっち!」、シャワーを浴びて「あぶぶぶ」、異世界産シャンプーで頭を洗い「うひゃひゃひゃ!」、石鹸をタオルに付けてゴシゴシと「やめ!やめ!うひひひ!」シャワーで泡を流す「ふぃ~」。


 流石にこの時代の子供、入浴の習慣などないのか髪も体の汚れも凄い。シャンプーも石鹸も大変に使う。それは兎に角なんかステラの顔が赤い。再度自分でやって見せたがそっぽを向いてる。


「ステラ、一人でできそうか~?」「知らない!」

「おなかすいたー」「ヤミーも洗ってやってなー」「わかったから!」

 この湯殿、最初の数年は混浴にして、数年後には仕切りを作る予定だったが、早く仕切らないといけないな。

 ダンを湯舟に浸けると「ほわ~、あったけ~」ととろける。

「ん、気持ちよさそう」と身を乗り出すステラ。

「ちょっとまってな、ミッシを洗ったら私は出るから、入れ替わりに女の子は入りなさい。」と、ミッシを受け取ると…

「ぇああ・・へあああ!」

 あ、こりゃいかんと思いトイレにダッシュ。数日間、おむつを替えていなかった様で色々大変だった。

 笑顔スッキリでトイレから出て来るお姫様、ミッシちゃん。まずはシャワーで全身を洗う。優しく体を、手足を洗う。やっぱり垢が酷い。下まわりの爛れも酷い。乳幼児の死亡率も高いわけだ。ベビーパウダーとか色々ケアしないといけないな。歯も磨かないといけないな。お顔を洗うとイヤイヤして、頭を洗うとニッコニコ。可愛いなあ。赤ちゃんはいつ見ても可愛い。赤ちゃんというには大きい筈なのだが。

 私が洗っているとステラもヤミーものぞき込んで

「すごいゴキゲンね!」「わらってるー」と。君達もニコニコしてるぞ。


「じゃ、交代。ダンはもちょっとゆっくりしていいからな」

「ひゃい~」あいつお湯に溶けそうだ。

 もう陽が落ちる。みんながお湯に浸かって眺める夕陽はどう見えるだろうか。


 さてこの間に夕食の用意だ。皆空腹が酷く栄養失調に陥っているので、消化の良い食事を少量、複数回摂らせなければ。


 お風呂上りの一同は…

「おーいダン!」と唯一の男性を呼び出し、浴衣の着方、帯の結び方を教え、ステラとヤミーに伝えさせた。

 男は水色、少女は桃色の浴衣。その上に濃紺、緋色の丹前を着た御一行様は、ゴキゲンの様子。

 ステラは桃色の浴衣を羽織り、リンスインシャンプーで艶を出した髪…濡れているので温風を発生させ水分を飛ばすと、おお、絵になる美少女だ。

「ポカポカー」

「この服もきもちいー、寒くない!」

「なんかお姫さまになった気分だわ。は!ミッシは?」さすが皆の姉貴分。

「ミッシもいいお湯加減でお休みだよ。さて夕飯にしよ…」

「ごはんだー!!」と湯殿の奥に走り出すヤミー。

 パンを焼いた匂いに向かって猛烈ダッシュ、100ダッシュだった。

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