91.玄冬の旅立ち

 大陸暦1550年代も終る。

 グランディア大陸南部に、東国からの船が来る様になった。

それらはイテキバン帝国とは異質な、もっと言えばイテキバンによる侵略が始まる前、奴等によって滅ぼされた東国の紋章に似た印を掲げてやって来た。

 中東の国々にも防疫の医術は伝えられ、東国の船からの伝染病の懸念は無かった。

 東国の使節とは、イテキバンが同士討ちと急激な領地拡大によって疲弊した所を、上手い事滅亡させた新生センタル帝国からの者であった。

 ただその中身は『ボーコック王国と交易を結ぶ』というトンチンカンな物であった。コイツら大陸西の事情が全く理解できてないな。


 あまりのレベルの低さに途方に暮れた帝国は大陸同盟会議を招いた。その結果センタルに対し現在のグランディア大陸の状況を説明し、センタルがイテキバンの領土を継承する以上、大陸同盟に対し敗北宣言と賠償金の支払いを要求する事を決めた。

 あれだけ各国を荒らしまわったイテキバンだ。その被害に遭った国々は当然猛烈な怒りを感じており、その矛先を東国に向けるであろう。

 だがセンタル大使はそんな当たり前の事を想像する力も無かったかのか、イテキバンの所業には見事なまでに無関心だった。


「東の人間って、知能足りてないのか、余っ程見たくない物は見ない主義なのか。こりゃ100年どころか1000年経ってもマトモに付き合えないぞ?」とはキオミルニー32世のお言葉。彼も親譲りで、歯に衣着せないなあ。


 半年後、センタルから新たな使節団が派遣され、「イテキバンの罪状を調べたい。センタルもイテキバンに蹂躙され、漸く復権した別の国だ」と言い訳を添えて来た。

 使節は献上品の中に、大量の硝石を持ってきた。私はこれは威嚇であり、敵対行為として警戒すべきだと助言した。

 奴等、大陸西の文明を低く見積もり、自分の軍事力を誇示すると共に、大陸同盟内で配分を巡って内輪揉めでもさせるつもりだったのだろう。舐められたものだ。ところがこちらも火薬兵器は実用化している。

 大陸同盟は私の助言を汲んでくれて、「センタル帝国も大陸同盟との軍事対決を狙う公算大」と判断し、硝石の献上を突き返す事にした。

「センタルが企む大陸同盟の内戦を、我等同盟は一致して拒否する。これ以上の介入は、大陸同盟への侵略と看做し、センタル殲滅を実行する」と伝え、中東各国へ「無理に侵入するセンタルの船は焼き払え」と命令した。

 それ以後センタルは使者を寄越さなかった。奴等は自分達がどう思われているかに、全く関心が無いのだろう。そんなんだから蛮族に滅ぼされたんだ。

 斯くて同じ大陸で結ばれている筈の東西交流の芽は断たれた。互いを対等と看做すにはもっと時間がかかるだろう。


******


 大陸暦は1560年代に入った。もう半世紀近く平和な日々が続いた。

 リベラ卿は終生独身を貫き、後継者はオーテンバー女王の推挙で決まった。

 王都騎士団で尽力したレンドリー・キッシンジャー騎士爵を、一代限りの騎士爵ではなく、継承権を持つ男爵へと陞爵させた。

 さらにオーテンバー王女の孫娘を公爵に任じ、レンドリーの末子の妻としてガードナー辺境領へ降嫁させた。

 孫と子で歳の差?まああれだ、レンドリー氏と愛する奥様は頑張ったんだ。

 これに伴い、キッシンジャー卿が領主となり、ガードナー辺境領はキッシンジャー男爵領と改称される事となった。

 キッシンジャー家の長子以下は王国軍の重鎮となっており、まさかの末子が家を継ぐという事態に皆驚いたが、内紛などはなかった。親の教育が良かったお蔭か。

 王城で、領主交代式が行われ、ガードナー辺境伯は廃止された。表向きの理由として「護児国が出来て同盟結んだので辺境じゃなくなった」という事にされた。この男爵領も、代が変わればオーテンバー公爵の住まう公爵領扱いにまで格上げされるだろう。


 リベラ卿の懺悔に近い矜持を領民は理解した。

 悪逆なる領主一族とは言え、妻子に渡り残酷に処刑したリベラ卿。そして処刑される子女の断末魔に歓喜した領民。

 彼らは後ろめたさをリベラ卿と共に抱え、同時に彼が幸福になる事を願っていた。

 それが意外な形で決着した。

 共に戦ったキッシンジャー騎士爵が陞爵し、しかも王家の降嫁を迎え繁栄する。しかもあの聖女オーテンバーの娘が。

 領民たちは歓喜を以てこの結末を歓迎した。


 さてこのオーティーのお孫さん。どうやら母譲りで落ち着かない方面のお嬢様らしく、母同様王都騎士団にも所属していたそうだ。その騎士団でレンドリー氏のお子さんと剣を交えた事もあったらしい。そんなやんちゃさも領民に歓迎された。

 というかオーティーの子供達、孫達は、どこでも人気抜群だ。王国の後継者や重鎮となり、或いは帝国やフロンタに嫁ぎ、大陸同盟の紐帯となっている。オーティーの優しさ、おおらかさだけではなく、ロボシの厳しさ、頭の使い方も教育され、そしてそれを鼻に掛けなる事も無かった。

 それでも時折箍が外れて大変らしく、それでレンドリー氏の末っ子さんも忠告したところ決闘騒ぎになってしまったらしい。

 最初に結婚の話を受けた時「うげっ」と言ったらしいが、その後は段々満更でもなくなったらしい。まああれだ、恋せよ若者。


******


 そして晴れの日。リベラ卿も、レンドリー氏も、オーテンバー女王、ロボシ王配とその王子達や王女達、勿論新妻の父母も笑顔に満ちて元辺境の地に集まった。

 護児国からも歴代国王が三人雁首並べて妻子同伴で参列した。かつて王国からの独立も辞さずと団結した北部貴族達も列席した。

 残念だが内紛寸前だったダキンドンを盛り返した英傑オレンジャー公も、武勇で知られたブコー卿も、経済手腕でダキンドンを安定に導いたロジス公も、既に天の門をくぐって行ってしまった。

 彼らもこの日を祝ってくれているだろうか、それとも「聖女王の孫、ウチに欲しかった!」と悔しがっているだろうか。


 今日は、久々に目出度い晴れの日だ。

 あどけない瞳を輝かせて何度も城への旅を楽しみにして来てくれた少年が、今や領地を護る未来の領主として凛としている。

 その手に王国の姫を迎え、生涯を共にする決意を互いに交わしている。

 私には、まるでレンドリーとオーティーの結婚式に見えた。愛妻家の彼がそんな訳ゃ無いが、この奇妙な縁に少々眩暈がする。

 よく考えれば、護児城の1番目のお客様の子と、2番目のお客様の孫が結婚するんだなあと思うと…駄目だ、更によく分からなくなった。


 礼拝が終り、若い二人は夫婦の誓いを宣言し、婚約指輪を司祭に渡し、再度指輪を嵌め合った。そして。

 二人は幸福なキスをした!外の世界では中々に破廉恥な事なので来賓達は驚いた。しかし、

「「「おおーっ!!!」」」領地の貴族や騎士達は、そして護児城の婚姻に来たことがある人達は感動の声を上げた!

 若い二人は、護児城の結婚の様に、キスで愛を交わし合ったのだ。新郎が私に向かって笑顔を向けた!イカスなあ!

 父であるレンドリー氏はヤレヤレと困った顔で、祖母であるオーティーは燥いで拍手を惜しみなく送った。

 そして式は宴に移った。


 城から酒が贈られ、皆が酔った。日本酒の人気も結構上がった。個人的に嬉しい。もっとファン増えろ。

 辺境領の酒も中々に向上していた。単なるエールや雑味のあるワインではなくなった。

 城のビールを参考に発酵方法が改良され冷やされたピルス。男は黙ってビールだ、って年も過ぎたなあ。若い頃はひたすらビール飲んでたのになあ。

 ワインもまた葡萄の品種も改良された赤ワインに、瓶内発酵による発泡が実用化したヴァン・ムス。今回の婚礼は特産品のアピールも兼ねて惜しみなく供されていた。流石だ。城の専売特許も危ういな。


 私達は聖女王オーテンバーに挨拶し、令嬢の結婚を祝った。

「私達は幸せだ。貴方の孫が未来を拓くこの日に立ち会えた。本当におめでとう」

 オーテンバーとロボシは一礼し、

「あの子は危なっかしいから、必ず助けてね!」「孫にも御屋形様の城を見せてやって下さい!そしてちょっと躾けてやって下さい」と満面の笑顔。新婦の両親もニコニコと頷く。君達親族の務めをブン投げないでくれ。


 リベラ卿にも挨拶。「もう好きにしていいんじゃね?」

「ああ。これから女作って子供産ませ捲るか!」

「そうしろ!子供達にあんたの生きざまを教えてやれ」

「よーし!ン年振りに、俺様の誑しパワーを発揮するかあ!」

 レンドリー氏も「そうしろそうしろ、そんで俺の息子と将来生まれる孫のために尽くせ!」

 私達は笑った。


******


 ほどなく、ガードナー元辺境伯逝去の報が寄せられた。死因不明との事だ。

 早速モネラと訪れ、脳内出血が原因と診断した。暗殺等ではなかった。

 他にも高血圧による症状が見られ、モネラは過労死と判断した。

 ここ数年、ガードナー領の暗部を自分の代で決着しようと、高齢にも関わらず激務に耐えていたとの事だった。

 レンドリー氏は愕然とした。

「早すぎる!こんな目出度い日のすぐ後に…逝っちまうとは…お前はせっかちにも程がある!」

 彼は悔し涙を堪える事なく流した。レンドリー氏の息子も泣いた。恐らく家族同士の付き合いもあったんだろう。新妻は、跪いて祈った。


「また一人、向こうに行ってしまったの。さびしいのぉ」アンビーが、ウェーステが私に寄り添ってくれた。

 マギカは、自分を拾ってくれた恩人に対し、涙を流しながら祈っていた。


******


 程なくキッシンジャー家に孫が生まれた。ただでさえ子煩悩だったレンドリー氏が孫を抱いたらどうなることか、ちょっと笑った。

 それにしてもオーティーもひいおばあちゃんか。


 今度は、そのオーティーから声が聞こえた。かつての様に王城を訪問したが、いきなりラッキースケベも無いだろうし、今となってはラッキーでもないよなあ。

「何か今失礼な事を言われた気がしますよ」病床のオーティーから鋭い突っ込みを受けた。

「じゃあ、私は席を外しますか」「待って」去ろうとしたロボシをオーティーが止めた。

「私は御屋形様を今でも愛してる。でも、ロボシ様ももっと愛してる。だから二人で聞いて欲しいのです」

 私とロボシは顔を見合わせ、バツが悪そうに聞いた。


「御屋形様。私に本当の事を教えてくれて、有難う。私が壊れそうだった時、守ってくれて、有難う。

 あなたがいなかったら、私は生きていないし、本当に大事な物が何だったか分かりませんでした」

「君の心が真直ぐだったから、君がテイソさん達仲間を大切にしたから。本当に大事な物がちゃんと解っていたから、今の君があるんだよ。

 私の力じゃない。君の心が持っていた力なんだ。」

 そのテイソさんも、影の女王と恐れられながらも王国を支え、また多くの子に恵まれ、既に他界してしまった。

「ありがとう、うれしい」


「ロボシ様」

「なんだい?お姫様」

「こんな私を支えてくれてありがとう。貴方のお蔭で、私は沢山の子供や孫に囲まれて幸せでした。それにしてもあの子が結婚出来て一安心だわ」

「一番君に似て、シッチャカメッチャカだったからね」

「ひどいわね!うふふ!」酷い言われ様だなあ次期領主夫人。

「私はね、二人の男に愛されて幸せよ。国の皆も、他の国のみんなも、幸せになったかしら?」

「なったよ。だから、君ももっと幸せになるんだ」とオーティーの手を取るロボシ。

「なりましょうね。またあの素敵なお城に行きたいわ」

「来てくれ、皆で歓迎する!」

「約束よ?」「約束する!」


******


 この約束は実現しなかった。大陸暦1560年8月、聖女オーテンバー女王は崩御した。


「本当に、弔いばかり増えるのう」

「そんだけ年喰ったって事だよ」

「あの元気なお姫様が亡くなってしまうなんて…」

「今は、あの王宮魔導士もやりやすくなってるでしょうねえ」

 長寿種であるドワーフのアンビー。エルフの血を継いだウェーステ。魔導士のマギカも魔力により普通の人より長寿だ。

 ダン夫婦に現国王、モネラも同行しての弔問に旅立った。


 後を継いだのは、ガードナー辺境伯に嫁いだ姫の母、第一王女、オーテンバー二世だ。即位式典は喪が明けてから行われる。

 棺の中のオーティーは、初めて会った時の爆弾娘みたいな面影はなく、多くの人々の中に果敢に飛び込んでいった聖女に相応しい佇まいで、慈母の様に穏やかな安らかな笑顔で眠っていた。

 現護児国王夫婦に続き、ダンとヤミー、モネラとフラーレ、そして私達が別れを告げた。

 オーティーは私の妻達が亡くなった時もお悔やみを送ってくれたり、出来る限り非公式に出席してくれた。アンビーもウェーステもマギカも、「ありがとうね。あなたが祈ってくれた皆があなたを天の国へ歓迎しますよ」と礼を述べた。


 追悼の歌を、かつて聖女王オーテンバーと共に歌った子供達、今では立派な壮年たちが歌った。彼等、彼女等、そしてダキンドンの聖歌隊と合唱隊の歌う祈りの中、オーテンバーの棺は墓所へ向かって旅立った。

 さようなら、ありがとう、愛しい聖女オーティー。先に天の門の向こうに行った、共に戦い共に過ごしたみんなと、永遠に楽しい時を過ごして欲しい。私はそこへは行けないけど。


******


 穏やかな日々が過ぎて行った。

 美しい季節、厳しい季節が交替で巡る。

 城にいた小さい子がみるみる大きくなり、賢くなり、逞しくなり、美しくなり、学び、巣立ち、結ばれて新しい子が生まれる。

 約束通りレンドリー一家がオーティーのお孫さんを伴って遊びに来た。城の食事や酒に食らい付いて美味を訴えるその燥ぎっぷりは、まさにオーティーそのものだった。

 おかしかったが、少し涙がこぼれた。


******


 ダンが死んだ。毎日のトレーニング中に、倒れた。ヤミーは彼が目が覚めるまで彼の為に食事を用意したが、食べてくれる事は無かった。

 ある朝、ヤミーが付き添う中彼は起きた。そして「オヤジ…」と一言放った。そしてヤミーの作った粥を一口食べ「うまい…」と笑顔になった。

 そしてそのまま息を引き取った。70手前だった。

「御屋形様を呼んでたよ」とヤミーが後から教えてくれた。

 もういいよ、お前には負けたよ。

 お前は私の立派な息子だ。ありがとう。


 その数年後にヤミーが咳き込んで倒れた。私が呼吸を落ち着かせ、少し話せる様になって、最後の言葉を聞けた。

「天の門の向こうでも、お料理できるかな?みんな食べてくれるかな?」

「できるよ。みんなの気持ちが満たされるところが天の門の向こう側、天国なんだよ」

 三代目国王となったダンの次男が母に優しく答えた。

 ヤミーは初めて会った次の朝、美味しい朝ごはんを食べた時の様なゴキゲンな笑顔になった。


 暫くはダンの子供達が後退で様子を見たが、ある夜にヤミーは眠りながら息を引き取った。

 翌朝ヤミーが亡くなっている事を知った子供達は、最期の瞬間に立ち会えなかった事を悔やんだ。

 私は言った。

「みんながいたらゆっくり旅立てないから、ヤミーは気を遣ってくれたんだ。優しい子だからね。そう思おうよ」

 子供達は泣いた。今では国王になり、大使になり、防衛部の要職になり、外国派遣の武官になった立派な大人達が泣いた。

 泣き虫は親譲りだな、ダン。


******


 私がこの地に城を築き、天守を上げてもう70年近くなった。

 最初の数年の内に城に迎え、その後城を支えてくれた子達も、気が付けば天に還る歳になっていた。

 モネラが逝った。師であるマギカが鳴き呻いた。「私より先に逝くなんてえ…逝っちゃうなんてえ…」

 ダキンドン、ミデティリア、フロンタ、アブシン各国から叙勲され、そして創世教会から準聖女として称号を授与された。奇跡は起こさなかったが神聖な行いを果たした人への称号であった。

 夫であるフラーレは老いてなお毅然と妻の棺に付き添った。そんな彼は数か月後に後を追う様に、眠る様に逝った。

 二人の子供達は意外にも、南大陸に向かう探検家となり、逐次新発見を南北両大陸に報告し、既知の世界を広げていった。ミクロの世界に挑んだ母と、マクロの世界に挑んだ子供達、共通するのは果てしない好奇心だ。そして身を護る力は父親譲りだ。


 ムジカとコマッツェも前後して穏やかに眠りに就いた。今では大陸大学にまで増えた弟子達による追悼演奏会が護児城本丸御殿で、シャトー・ダキンドンで、大陸大学で、フロンタ王都で、音楽への関心が低いドワーフの里でも開催された。

 逆に各国の音楽も相互に演奏され、護児国でのコンサートでは子供は特別に無料で招待され、初めて接する外国に胸をときめかせ、異国への想いに夢の翼を羽搏かせた。

 またコマッツェとその弟子達の作品も国外へ、逆に国外の若い芸術家の作品が国内へ交換され、城の子供達は幼いころから様々な芸術に触れる事が出来る様になった。

 暑く、もとい熱く愛し合った二人はもういない。しかし二人の情熱は子供達に充分に残された。


******


「みんな、みんないなくなってしまいますね」

「まあ、あたしらも、遅かれ早かれじゃろなあ」

 三之丸の覚悟亭も既に三代目だ。ダンとアグリでコマッツェに覚悟を迫った時、女将のお腹の中に居た子も二階の住まいで楽隠居だ。亭主も女将も空の向こうで繁盛してるだろう。

「ねえ御屋形様、未来が解るなら、私達いつまでこうしてられるの?」ある意味一番寿命が解り辛いマギカが、二十代の頃と変わらぬ愛らしさに憂いを込めて聞いてくる。

「君は魔力によって若さも寿命も延びる。このまま穏便に過ごせば40年は綺麗で可愛いまんまだ」

「うれしい!それまで御屋形様とスキスキできるのね!」「ああ。ずっと、愛するよ」「うふううん!」訃報続きのマギカが発情した!ちょっと甘くしすぎたかな?

「ハーフエルフの私も、寿命が解りません」元々が美しいウェーステは、未だに輝く様な美しさを湛えている。エルフの寿命は500年だ。

「ハーフエルフの寿命については記録が少ないし、僅かな記録でもまちまちだ。最低で100年、最高で300年。君は150以上は生きるだろう。私が言えるのはそこまでだ」

 ウェーステは溜息を吐いた。

「仲良くして頂いた皆に残されるのがこんなにつらいとは、この年になって初めて知り…は!すみません御屋形様!」

「いや、有難うね、ウェーステ。私がここまでチンタラ生きてこれたのは、私の事を気遣ってくれる人達がいたからなんだよ。ありがとう。愛してる」

「そんな、申し訳ありません」

「でーあたしドワーフは大体300年じゃあ」マギカとウェーステのラブラブ空間にアンビー参戦!

「じゃけえ後130年は御屋形様とえっちっちいすんで?!」「しようよアンビー」

「ひっ!そんな若者みたいに言いなんな!」逆に照れさせてやったぜベイビー。


「もうそろそろ、城を出て旅にでも出ようかな?」

 マギカも、ウェーステも頷き、アンビーは目を輝かせた。

 周りの酔客が動きを止めた。今の大将が二階へ走った。

「もうこの城は、私達が築いてから三代は過ぎてる。その間みんな立派に廻してる。

 魔物を退け、捨てられた子を救い、迷い込んだ人を助け、城を狙う賊も討ち果たしている。

 もう全部彼らでいいんじゃないかな?」

「ええ」「そうよ!」「うむ!」

 周りの人達が、何か言いたそうに私達を見つめている。

「亭主、世話になったね。またフラっと土産話を持ってくるから、三代目ともども元気で繁盛していてくれ」と、二階から降りて来た老亭主に挨拶して店を発った。


******


 城は猛反発だった。

「ダン前王亡き今、御屋形様におすがりして」

「御屋形様の発案あっての城の発展」

「なあに校長先生はきっと来てくれるさ」

「大陸大学が」


「待てい!!!」


 一喝したのは、老婆となってもまだ足腰ピンピンに元気な貴婦人、オーリーその人だった!!

「御屋形様達がいなけりゃこの城は終りなの?あんた達御屋形様達から何を学んだの?!」

「ひいいー!」

 ブティック・ナーサリー商会の長にして孤高の独身オーリー、77歳。独身なのに5人もの各国貴族の愛人を持ち、更に12人の子を持ち、更に更に20人を超える孫を持ち、いずれも各国各界で活躍する著名人という、ハイソでセレブでブルジョワジーな御方。

 今や、三代目国王ですら頭が上がらない御方である。スゲエ偉くなったもんだなあ。


「あんた達はもうこの城を立派に廻して、大陸各国に引けを取らない働きをしてんのよ。

 御屋形様の御恩を忘れたり無碍にする訳じゃなけどさ、もう頼らないでやってみようよ」

 皆が頷いた。


「今日の別れは永遠の別れじゃなくって、また会う時までの仮の別れのつもりでいましょうね。

 本当は!…本当は御屋形様に何時までも居て欲しかった…」オーリーが苦い顔で本音を口にして杯を煽った。


 私は意を決して別れを告げた。

「さよならは終わりではなく、新しい思い出の始まりと言う。じゃあみんな、元気で!」

「うううーっ!」啖呵を切ったオーリーが顔を覆って泣き崩れた!


******


 そして4人は、城での思い出を胸に焼き付けるため、旅立ち前の日を思いっきり楽しむ事にした(今は遊園地とかも作ったのだ)。

 護児国元国王、魔導士タイムの物語が、今、終わろうとしている。

 だが、子供達のために新しい指導者がきっと現れるに違いない。

 この異世界にふたつの太陽が輝き続ける限り!


 1オクターブ以上音域が上がる歌手泣かせの歌が私達の門出を祝う、様な気がした。


 という訳で、私達4人は青春の、もとい玄冬の旅立ちを始めたのだった。

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