92.白蛇夫人の病院
終わったと思った?残念!4人はイチャコラしながら旅してます。
とりあえず作った人の特権で各国の日本の城を廻ったり、周辺を観光した。
かつてイテキバン戦争に備えて築きかれた山城の一つ、ミデティリア東北の緩い丘に築かれながら結局戦場にならず、そのまま最低限の兵力で維持されている、鶴羽城。司令部が置かれたサミット城の出城だ。
鶴が白い羽を広げた様に丘の上に白壁や櫓が配され、中央に三層四重の天守が最上層に赤い高欄を巡らせて聳えている。その麓に居館がある。そこに頼み込んで泊った。
「やっぱ温泉が欲しいもんじゃな」
「チェースッ!」温泉も掘った。居館に露天温泉が出来上がりだ。
それなりに瀟洒な湯屋に露天風呂を整えて旅路の疲れを癒した。城代や守兵も大喜びだった。
「はぁ~、ニホンの城には温泉ですねぇ~」マギカ、半分溶けてるぞ。
「風呂で一献、この世の極楽じゃあ」
「アンビー様、飲み過ぎて溺れてはいけませんよ?」
「あたしらドワーフは酒に溺れんで!」
「いえ、そのまま寝入って温泉に溺れない様に、ですよ」
「あっははは!アンビー様、ハンマー様と重なって寝てた事ありましたからねえ!」
「ああ。あれ片付けるの大変だったんだぞ」
「ぬう~!それがドワーフってもんなんじゃがあ!」
「あっはっははあ!」
天守に空間転移して、高欄から月明りに照らされた帝国の平原を見下ろしつつもう一献。
「平和になったものですねえ」
「それが一番じゃて」
「御屋形様ならこの平和がいつまで続くか分かるんじゃないですか?」
「色々な要素が絡み合ってるからね、解らない。でも城と子供達は数百年は平和だよ」
「ダンさんはこんな所で戦ったんですね」
「あの子、歴戦の将軍を負かしたそうじゃな」
「王都に行った時にぃ、超~モテモテだったのよぉ!」
「ヤミーさんも気が気じゃなかったのでは?」
「いやぁ。ヤミーは胆が据わっとったけえなあ」
昔話に花が咲いた。
******
そんな感じで私達4人は大陸西側各地を回り、大陸の西の果て、フロンタ西岸に付いた。
一面の砂浜。遠くに見える森。
「こんなとこ来たら生きてける気がせんのう」
「歩いて行けるとこに町があるのが不思議ねえ」
「そこに住んでいる人々にも歴史はあるさ。ここは港町だし、海の恵みもある。今では鉄道も少し離れた町に来ている」
「まずは…海で遊びませんか?」
4人は裸で暖かい海を楽しんだ。もういい年をとっくに過ぎた老人と老婆が、とてもそうには見えない体ではしゃぎ、海水に漂い、抱き合った。
「4人になっちゃったね」抱き合いながらマギカが寂しそうに呟いた。
海を満喫した私達は、街へ着いた。そして驚いた。
白い壁と赤い瓦の街並みに、護児城の南之院の様な赤い柱と軒が沿った屋根、黄色い瓦の東国風の立派な建物が立っていた。
「あ」私は思い出した。そして周りを見ると、黒い髪の人が多い事に気付いた。
建物を訪ね、由来を聞く。護児城から来た事も伝えると、受付嬢が奥の責任者を呼ぶ。
奥から来たのは、かつて見知った顔。「「「あー!!!」」」思わず声を上げてしまった。
******
「私は、娼婦の末裔なんです」と語る病院兼孤児院の、「白蛇院」院長。
黒く長い髪。面長の美しい顔。
イテキバン帝国皇女、グランディア侵略軍司令、サスラー皇女そっくりの、恐らく彼女の末裔と思しき美貌。
「祖母は、この地に流れて、何の生業もなく、体を売って生きました。
そして、子を産み、また体を売り、命を繋いだそうです。
美しかった祖母は、いつしか白蛇夫人と呼ばれ、船出する男の憧れとなったそうです。
やがて財を貯めた祖母は、捨てられていた子を広い、我が子と一緒に養ったそうです。
暮らしは厳しかったでしょう。しかし祖母の美しさを求める男は絶えず、孤児達を抱えて食べて行けたそうです」
私達は、侵略と虐殺だけに命を燃やした少女の行く末を黙して聞いた。
「何年かすると、大陸の東から女達が祖母を訪ねてきました。祖母の知り合いだったそうで、共に力を合わせて稼ぎ、子供達を育てたそうです。」
近衛の騎士達がサスラーを探し当てたのか。
「いつの日か、祖母達は薬を買い、教会や病院に捧げる様になりました。
蜜柑や林檎の汁を飴にして売った事もあって、それは船乗り達の人気商品になりました。
それが、国王様の目に留まったのです」
南大陸との国交が始まり、元々海洋国家だったフロンタは長距離航海に耐えうる船をドワーフ達と護児国へ派遣した学生達と協力して建造した。
南大陸航路に使った魔導機関を組み込んで宛ての無い海に乗り出し、ついには西大陸を発見した。
ただその地には、南大陸の様に会話が可能な文明国を発見できていないため、いまだに交易には至っていない。
しかし探検隊を乗せた船団は幾度か編成され、この小さな港にもそれらが寄港し、過去にない程に賑わい始めたそうだ。
「船乗りの栄養のため祖母達の薬が売れ、王家の保護も受けたのですが、祖母はひたすら孤児のために、伝染病予防のための施設を建てるために利益を差し出しました。
船乗りたちは彼女のために小遣いを寄付し続け、町の人達も子育てに必要な品を持ち寄って、随分と親切にされたと聞きます。
それでも祖母と、祖母を助けた人達は、死ぬまで贅沢をせず、慎ましく暮らしたそうです。」
「何で、そこまでしたんじゃろなあ…」
「祖母は常に、死んでしまった子供に償う、そう話していました。私も、かすかに覚えています。とても…悲しそうに話しました」
最初に城に来た時、天然痘をばら撒いて城の子供を殺した、そう思ったままだったのだろうか?もしそうなら、すべき償いをしたと見做すべきだろう。
結果は兎も角、殺意を持ってやった事に変わりはない。その事は今でも許せない。
だが、良く償ったとは思う。
病院を出て、院長が近くの墓地を案内してくれた。
「祖母達の遺産がこの病院になりました。王国の大学にも寄付をしたお蔭で、他の大陸や冬場の伝染病を防ぐ医師が来てくれました。そして、この地の聖女として、ここ記念墓地が建てられたのです」
そこには、サスラーの像、彼女と共に尽力した近衛の少女達の像があった。
馬に跨り最後まで戦った武人の姿ではない。親の無い子供をあやし、癒し、共に本を読む慈母の如き姿が、一人一人彫られていた。
その姿は、ステラが、アンビーが、ウェーステが、オイーダ達が子供達と暮らした姿の様だった。三人も、驚きを隠せなかった。
「心の正しい方だったんですね…御屋形様が最後に戦いを選ばなかったのは、やはり正しかったのですね」
「辛かったでしょう。やった事は許せないけど、私だったら耐えられない、こんな償い方は出来ないな。凄く強い人だったんだ」
「あの子ら、城で見た事が忘れられんかったんじゃろなあ。
ここで罪滅ぼしをしたかったんじゃろなあ」
「皆さまは祖母の事を何かご存じなのですか?」
「いえ、色々聖女と呼ばれる方の事を知りたくて」と誤魔化した。
この、大陸の果て。彼女達が勝ち進んでいれば、ここにも多くの死体が積み上げられ、彼女が皇帝麾下の王として君臨していたかも知れない港町。
しかし実際には、辛い暮らしを過ごし、多くの命を救った場所となった町。
今更何も言う必要は無い。彼女達の行いは立派なものだった。償いを果たしたのだ。
私達は彼女達の墓に祈りを捧げた。もう戦いは無くなった。平和になったんだ、と。
******
それから暫くこの港町に留まり、孤児院の仕事を手伝った。
ウェーステが読み書きや絵や歌を教え、マギカは科学の初歩を教えたり医師達に最新医療を教えたり、アンビーは玩具を作ったり医療機器を改良したりした。伊達に人間の寿命よりも経験を積んだ訳じゃない。たちまち子供達と仲良くなった。
そしてしばらくの交流の後に、旅立つことにした。
支度が済んだ私達を見て、院長は語った。
「貴方達は、護児国の初代国王様達ですね?」「いやあ~私達はそんな」
「もしかしたら、私の祖母は…」
「あなたのおばあ様達は、この地の子供達のために尽くした、聖女の如き方々です。
生涯を子供達と町の人々のために捧げた、誰にも真似できない、尊い心の持ち主です。
私はそう信じます」
三人の妻も、頷いた。
「私は知りたいのです、祖母達に何があったかを!」
「今ここにある穏やかな世界こそ、院長様のおばあ様達が夢見た、本当の物、ですよ」
「あたしらはなあ、ここに来れた事を感謝しとる。院長様も、体を大事にして頑張りねぇ」
「もし先端医療が必要になったら、大陸大学のイージワーって奴を訪ねなさい。あなたの婆さんの誑した男は5人!って言ってやって!」
今は亡き眼鏡才女のルイス夫人ってそんな事してたんだ!だがマギカに御仕置!
「むにゅい~」ほっぺビロ~ンの刑だ。
「今のはナシでお願いします」唖然とする院長に言う。
呆気にとられた院長は、「うふっ」と噴き出しつつしばらく考えて言った。
「貴方達がどの様な地位の方なのかも、何を御存知だったのかも、仰る通りあまり大事な事ではないのかも知れませんね」
私達の廻りに、ほんの短い日々だけど一緒に過ごした子供達が集まってくれた。
「皆さんがこの子達に残してくれた事の方が、一番大事だと思います。
みんな、貴方方に感謝しています!」院長が満面の微笑で私達に礼をしてくれた。
あの娘も、心の底から微笑んだら、こんなに綺麗な笑顔になったのか、そう思った。
「そう言ってもらえると嬉しいです」「うん」「ええ」「うひ」
「素敵な日々を有難うございます、旅の御無事を祈ります」
子供達の歓声を後に、サスラーの真心が実った街を後にした。
******
結局あの美しい院長の祖母について誰も明言しなかった。
そもそもサスラーと面識があったのは広い大陸の中でも私達護児城の者だけだ。決戦に臨んだ将兵も明確には見ていないし、近衛の少女達とも東洋人の顔立ちの所為か見分けもつかないだろう。
もしその素性が明らかになれば、大陸各国から糾弾の声も上がり、折角の彼女の夢の結晶が砕かれてしまうかもしれない。
知らないに越した事は無い。
「でもあの娘は、何となく解ったんじゃろなあ」「じゃあ、それでもういいんだよ」
「お優しいですね、御屋形様は」「私の愛する御屋形様ですものぉ~」
私達の旅は続いた。
******
西大陸にお邪魔して、処女を生贄にする王と対峙し、上空に火の雨を降らせて説得したりして生贄の娘達を助けたりした。そしてその娘達から殺されかかった。名誉ある犠牲となる事を邪魔をされた事を恨まれて。文化って難しい。
彼女達をフロンタに連れて行くと、華やかな文化に心奪われたお蔭で「生贄なんてもう御免!」と目覚めてしまった様だ。まあ、よかったよかった。
私達の報告を受けたフロンタと大陸同盟は防疫体制を整え、西大陸に国交を求め船出した。
中には護児国の若者達も通訳と医師として参加していた。彼ら護児国の子供達との10年以上振りの再会に喜び、私達は旅の無事を祈った。
南大陸にお邪魔して、グランディアへ奴隷を売ろうとするアブシン貴族と対立し、軍と共同戦線を張ったりして現国王と友情を築いたりした。奴隷を買おうとした帝国貴族の悪行も暴き、現皇帝に詫びを入れさせたりした。大陸間の奴隷売買という故郷の地球で起きた悲劇も、ある程度は防げるだろう。
そんな様に、観光の傍らご老公な旅を楽しんでいる間に、義両親が相次いで亡くなった。その都度私達はドワーフの里へ戻った。
******
病床のハンマー王から「アンビー、お前のお蔭で儂ゃどの王よりも、多くの匠が素晴らしい物を作り出す姿を見た。お前を手放してしまった儂は愚かじゃった」と、弱気だった。
「あたしと御屋形様がおりゃあ、何でも出来るんじゃがあ」と胸を張るアンビー。しかし目に涙が溢れていた。
「婿殿。娘の技を花開かせてくれて、有難う。婿殿は、ドワーフの恩人じゃ。友じゃ。マダムアンビーは、美味かった。あの世で、たらふく飲むとしよう」
ドワーフは、死ぬまで酒を飲む訳ではない。酒が飲めなくなったら、死期が近いそうだ。
そして、お義父さんは多くの子供達と匠達に囲まれ、満足そうに息を引き取った。
普通うるさい亭主が死ぬと奥さんは長生きすると言う。しかしお義母さんはそうではなかった。数年後に起き上がれなくなった。お義父さんを愛していたんだなあ。
「肺を病んで死んでいった筈の子供らから、多くの名匠が生まれてくれたもんじゃ。
本に、アンビーと婿殿と、ここに来てくれた奥方様達のお蔭じゃ。
有難うなあ」と言って頂けた。
「本当に、いい婿殿に嫁いだもんじゃあ、アンビー」
「あたしの御屋形様はこの世で一番じゃが!もっと感謝しい!」
その翌年、お義母さんもお義父さんの後を追った。ドワーフ達は盛大に技を競い合う式典を行い、最高の匠を王であるアンビーの兄が讃え、死した王と王妃の前に研鑽を誓い、宴を開いた。
「なんだか、こういう心の落ち着け方もあるのですね」
「しんみりするのもいいけど、にぎやかなのもアリね。私は賑やかがいいかな?」
「命ある者、いつかこの世を去るんじゃ。どこに行くかは知らんが、せめて送り出すならあたしも賑やかなんがええなあ」
ドワーフ達は賑わいながら飲んでいる。よく見れば何人か長老格の匠が泣いている。
かつてお義父さんと技を競い、お義母さんに憧れを抱いた人達なんだろうかなあと眺めつつ、この地に血縁の無い中私達を助けてくれた義両親に感謝し、冥福を祈った。
大陸を救った英雄達が、私達以外いなくなってしまった。
だが、その跡を継ぐ若者達が育ってくれている。私達の役目は終わりつつある。
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