06.歌ふ本丸御殿

 よく、「ここは城跡だけでお城がない」なんて話を聞いた。いやいや、日本の城は皇居以外全部城跡だって。日本の城は天守だけポツンと建っていて以上終わり、天守が無ければ城跡、みたいな誤った認識をされている。

 城とは、本丸、二の丸や諸々の区画=郭(または曲輪)、夫々の地区を固める石垣または土塁、区画を分ける水堀や空堀、塁上を守る櫓や壁、門、区画の中に建つ御殿や蔵、番所、それらが集まって城だ。

 天守が無い城なんて沢山ある。


 今、子供達を抱えて住む城、外交を有利に導く威圧感を与える城を築く場合、生活の場だったり外交の場だったりする御殿や、魔物やら外敵を防ぐ石垣や門や櫓が集まってこそ、城となるのだ。天守については、もっと別の意味がある。それは決して無視できない、城の定義に係わる重大な意味があるけどそれは後日。


 そう気合を入れて、当面は子供達と暮らす御殿、将来的には外交の舞台とする御殿を、過去訪問した城の例から気合を込めまくって再構築し、脳内で組み上げる。


*******


 奥書院の廻りはひたすら平地。

 丘の上なので三之丸に比べたら狭いが、それでも結構な広さだ。その周囲には、冬も近く日差しのコントラストが強くなった二重太陽に輝く三層櫓の列。ミスリルを使った超豪華な白金門の内側に立ち、左右に一気に壁を建てる。そして目の前に!

 御殿の入り口、唐門を生成した。


 唐門は、檜皮葺、正面を唐破風を備えた優雅な造りだ。

その軒下、柱、門扉は…過去に色々見学した多種多様な彫刻と色彩で鮮やかに装飾した、見る者を圧倒するものだ。破風板(破風の軒下内側に付く板)は美しく輝く黒漆で塗られ、左右の端と中央には彫刻を施された金箔の板で飾られ、門柱、梁、門扉も同じく金箔の板で飾る。破風の内側は花を咲かせた樹々と、極彩色の孔雀が飛び交う詳細な彫刻で飾られている。

 二条城二ノ丸御殿の唐門、西本願寺書院前の唐門を思わせる豪壮で華美な門は、訪れる者を圧倒し、この城が只者じゃない事を一瞬で悟るだろう。


「きらきらー!」「すげ・・黒くて金で、光ってる」

「夢みたい」「この中には何があるの?」

「あれ?門だけ?」門だけです、今は。もうちょっと待ってなさい。

「何でこんなきれいな門があっという間にできるの…訳わかんない!」わかんなくていいんだステラ。私もわかんないんだから、この空間複写魔法の原理なんて。


 唐門の豪華な門扉を開け、その正面に本丸御殿の最初の建物である、巨大な遠侍を立てた。

 巨大な入母屋屋根の妻板(三角屋根の三角側)を正面に向けた遠侍は、正面右側にエントランスホールというかファザードにあたる車寄を付けている。この車寄も大きな入母屋屋根の妻板を正面に向け、その軒端は唐破風で飾られ、破風板は唐門同様漆で塗られ金の金具で飾られる。入り口の左右も極彩色の透かし彫りで飾られ、その四隅は金の金具で締められている。


 後ろにいる子供達が声もなく目をひん剥いてる。「さあ、中に入ろう」この遠侍は御殿に入った客の休憩所となり、建物の奥側には国王級の来賓の特別室がある。

 故郷日本では土間を上がった床は当然畳敷きなのだが、なにせここは土足の世界。床は魔の森の硬質な木材を磨き上げ、木目に合わせて切り出し、それを幾何学的な模様に凝らした床に仕上げた。輝く様に美しい仕上がりだが、鉄の靴で踏んでも傷つかない。

 かつて明治の廃城の際、聚楽第から移築したという伝承がある仙台城二ノ丸大広間に政府軍が土足で入室し、鏡の様な輝きが消え失せたという悲劇を聞いた事があるが、ここではそんな事は起きない。魔の森の木材は頑丈なのだ。


 東京空襲で焼失した明治宮殿、城郭の様な武家建築ではなく、より古式な御所建築の延長線ではあるが、これも日本建築を力業で土足対応にした巨大建築群だった。二次大戦の際米軍の爆撃対象から外されていたのだが誤って爆撃したとかで、戦争というものはルールもへったくれもないと子供の頃涙に暮れて知ったもんだ。焼野原に残った豊明殿の焼け跡の前に残った蹲(つくばい)の写真に、言葉にできない怒りを感じたのも数千年前の事だなあ。


 それはさて置き、お披露目の今日は子供達に靴を脱いでもらう。遠侍の隣に、大臣級の高位者と打ち合わせを行ったり贈答品の授受を行う式台という中規模の御殿を繋げる。更に廊下で左手奥に雁木状(鉤の手折れて進む感じ)で繋がれる、本丸御殿の中心となるメインホール、巨大な入母屋屋根を誇る大広間を建てる。廊下から、その巨大な建物を見上げると、もう誰も何も言わない。


 来賓一同を城内一同で迎え、会議したり饗宴したりするその大広間は、いくつかの巨大な部屋に分かれるが…

 唐門の様に柱は黒漆で塗られ輝き、柱と梁が交わる部分には金の飾り金具が打ち付けられている。天井は、壁の四隅から、曲線状の支輪という細い柱で一段持ち上げた折上天井だ。天井平面は格縁という細い木材で四角に細かく区切られ、支輪も格縁も黒漆で塗られ、交差する部分は金金具で飾られ、囲まれた内側には鳥や獣、花等が色彩豊かに描かれている。


 広大な大広間は口の字型に区分けされ、本丸庭園となる西側に面した区画が一の間・二の間の南北二室、それぞれ40畳程の広さを誇り、南東側は三の間となる。各間は仕切る事もできる様敷居が設けられ、敷居の上には唐門同様に極彩色の彫刻を施した欄間が飾られる。大広間の一番奥にある位置の間は北側の床が一段高くなり、天井の折上天井も上段の上がもう一段持ち上げられた二重折上天井となっている。上の間の北端は書院建築定番の床、違い棚、付書院、帳台を置き、帳台は右隣の納戸に続く。

 この遠侍、式台、大広間が左手奥へ折れ曲がって続く構成は、戦国が終わった江戸時代に徳川政権で定着した御殿建築のスタイルだ。将軍の城・江戸城本丸、そして私の時代に残された二条城二ノ丸の御殿の構成だ。

 巨大な屋根の入母屋、妻板が左右に居並び、訪れる者を威圧する構成は、何にも代え難い迫力だ。


 真っ白な御殿内部の壁や襖に、かつて頭の中に写し取り、更にそれをアレンジした障壁画のイメージを、金泥や顔料を消費して絵を塗り上げる。

 大広間の一の間には北に死火山の雪景色、右側にはノキブル川と森に空を舞う鳥、左側にはこの森に捨てられ命を落とした子供達を、天使に模して描いた。一の間と二の間を仕切る襖には、一の間側には南の王国の辺境伯の城とその向こうに王城を描く。

 二の間は北の襖に創造神と天使の肖像、左右には聖典に記された預言者(未来を予知する「予言者」ではなく、神の言葉を預かって世間に伝える「預言者」)の肖像、南面には南の諸国の王城や創世教の総本山を描く。

「この辺の地理は把握してるぞ」という脅しだ。

 二の間から鈎手に折れる三の間には魔獣を退治する伝説の英雄像を描いた。

 中世ヨーロッパ的な全員妙にニコニコしている絵ではなく、かといってルネサンス風の肉感的で写実的な絵でもない。言うまでもなく狩野派チックに日本化された、仏教画みたいな仕上がりになっている。というか仏画をアレンジして再現してるから仕方がない。


 遠侍、式台、大広間の外部に面した廊下の内側は障子ではなく摺りガラスの窓が建てられた。子供がはしゃいで全力でぶつかっても割れない強度を誇る。地味に強い。


 遠侍の北には饗宴の料理を調理し配膳する巨大なホール、台所を建てた。丁度奥御殿の南になり、廊下で繋げた。宴会規模は200人が限界かな?食器や食品蔵も用意しなければ。冷蔵設備も。

 今私達が住んでいる奥書院は大広間の北に位置し、これを廊下で繋げ、将来は来客の代表者の宿所とする。更に従者たちの宿舎として大広間と台所の間に、多くの部屋に仕切られた長局を立てた。収容人員は成人なら50人だ。

 湯殿も現在のものを残し、寛ぎの場として楽しんでもらおう。


 車寄から大広間までが儀式や会談、宴会に使う「表」、台所や長局、そして今の住まいである奥書院や各湯殿を「奥」と呼び、「表」は土足で利用する床張り、「奥」は靴を脱いで利用する畳張りに仕上げた。奥の建物は装飾を抑え、魔の森の木の香りと柔らかい色調を楽しんで頂こう。襖の絵もこの大陸で愛されている鳥や草花、小さい獣を愛らしく描いた。湯殿の壁画?勿論富士山、じゃなかった、雪を冠した北の死火山とすそ野に広がる森、そして将来完成予定の天守のモザイク絵だ。


 大広間から奥書院の西には故郷日本の風景を凝縮した様な庭園を、大広間の南には能舞台を配置した。この舞台で音楽の演奏や芝居を行い、大広間から庭園の風景を堪能しながら鑑賞できる。


 は~、脳内「ぼくのかんがえたさいきょうのごてん」を全部出しきった!


「おじさん…何でこんなお屋敷をつくったの?」唖然としながら辛くも正気を保ったステラが聞いて来た。

「それはだな」


 将来、外部からこの森を占領しようとする者、何らかの理由でこの城の存在に気付いた者が、もし権力や暴力でこの城や子供達を奪おうとした時の武器としてだ。

 王城とは全く異質な、しかし精巧な作りでは王城に迫る巨大建築に圧倒されれば、下手に手出しをしたら危険な目に遭う事を理解するだろう。

 勿論、手出しする愚か者を瞬殺するだけの武器もある。子供達が大きくなって自分で城を守れる様になれば、大陸中の王国が連合軍を繰り出しても勝てる。

 そもそも魔の森自体が外敵を屠ってくれる防壁なのだ。それに自分もいる。例え百万の軍勢であれ、邪な心に操られてくる奴はこの大地の塵になれ、って感じだ。

 厄介なのは敵意殺意むき出しな奴より、正当に外交を求めて来る者だ。丁重に持て成し、平和裏にこちらに有利な関係を築かなければ、こちらに不利な条件を跳ね除けてこの城に住む子供達を護らなければならないのだ。

 この豪華な御殿、堅牢な城は、そのための舞台装置なのだ。


「…あ~、将来この城に外の貴族や王様が来ても、凄いなー、戦争したくないなー、って思わせるためだよ」

 もの凄く掻い摘んで説明した。ステラは「ほえー」って顔して考えるのを止めている。


*******


 数日後。


「あー!まっかっかでまんまる!」

「これ食べられるのかな?」

 二の丸の、将来試験農地等にする予定地に作った広い畑麦と、その一角の野菜畑。

 一週間ほど前から水を遣り間引きし、雑草を抜いたり虫がついていないか見回ったりして世話した畑から、大きく育った株を抜くと、見事に成長したハツカダイコンが抜けた。

 水で洗って、塩味の強いバターを塗って味見。ん、いい香りだ!ここの土、凄い!

「んー???おいしいのかな?」ダンには微妙かな?

「むふー、おとなのあじ!」流石ヤミー、舌が肥えてらっしゃる。

「これは酢に漬けたり、他の野菜と一緒に薄く切って食べたら美味しいね」

「でも家畜の餌なんじゃないこれ?」

「そうでもないぞステラ。酢漬けにしたり塩漬にしたり、今みたいにバターと食べても美味しい。ヤミーの言う通り、大人の味だ」

「えっへん!ヤミー、大人なの!」怪訝そうな顔のステラ達。

 他の作物も思った以上に、というか異常に育ち、意外と早く、この城初の収穫となりそうだ。

 その夜、ヤミーと一緒に作ったハツカダイコンのサラダは、大好評だった。

「ごめんねヤミー、これ凄くおいしいよ!」

「ステラがおいしーって言ったー!あたしうれしー!」二人ともいい子だ。


 広大な麦畑も、伸びて来た芽をみんなで並んで踏んでゆく。来年にはこの城で育った麦で子供達を養えそうだ。


 それにしても異様に作物が育つこの土、開拓とかしたら収穫量が凄い事になるかもしれない。逆に開拓されて過ぎて魔力が枯渇したら、ノキブル川下流はどうなってしまうのだろう。川は南隣の辺境伯領、その下流の王都、更には南方諸国の生命線だ。森の魔力が失われた時から、流域全体が死の土地になったりしないだろうか。そんな事が無い様に、下流の環境アセスメント(死語)しっかりやらないといけないな。


 開拓は計画的に。

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