07.落雪の決闘
ぼちぼち雪も降りしきる頃。
本丸北西部の天守曲輪に天守を上げ、冬が明けたら大農地とする惣構え予定地以外整った魔の森に建つ城…ん~、名前考えないとな。ここの子供達はもう20人になっていた。
魔の森の過去を覗き見ると年間50人の子供達が捨てられ、魔物の餌食になっていた。しかし今年は一か月も経たずに20人だ。その大半が5歳前後の少女、後は大怪我をして農作業が出来なくなった年長の少年少女だ。周囲の村の様子を空間魔法で覗き見ると、例年より凶作だ。そのためか、南の辺境伯領では税率が引き上げられ、農村は二重の痛手となっている。
恐らく、雪の降る間に働き手にならない子は食事を減らされ、春先にここに捨てられる事になるだろう。
捨てられる子からしてみれば、この世の地獄だ。だがそのまま死なせてなるものか!
「ゆ”る”ざ”ん”!!」私がこの城で救って見せる。某ヒーロー俳優の声で心の中で叫んでみた。
そのためにも、まずは農業だ。二之丸の畑で、冬を前にと植えた作物が異常に早く育ち、初の収穫を迎えた。農村育ちの子供達は手際良く収穫を終えた。丁度その後に雪が降り始め、次第に風も強くなってきた。
その晩、この城で初の収穫祭を祝う事とした。竈の火が周囲を温めてくれている中、初の作物と、狩って解体した魔物の肉を用意した。
もう少しで包丁を任せられそうだが今はお預け、その代わり盛り付けやドレッシングの攪拌、肉に塩コショウを振るうのはヤミーだ。包丁の玩具と、小麦や蜜蝋から作った粘土を受け取ったヤミーは、一生懸命切る練習をしていた。野菜を洗ったり、お皿を並べるのもヤミーが自分からする様になった。可愛いコックさんだ、すごいそヤミー。
栄養失調でやせ細っていたメッセもすっかり血色がよくなり、頬っぺたも膨らんでいる。離乳食代わりの、細かく切った肉や野菜のシチューも食べられる様になった。
秋から冬にかけて救助した小さい子も、RUTFを経てこの冬中にはみんな離乳食を食べられるだろう。
主にステラに世話を頼み、他の子には配膳を指導して、野菜、スープ、肉、パンのお祭りを行った。
「「「天に在します創造の神よ、我らを祝し、御恵みによりて…」」」例によって信仰する宗教が異なる私は黙禱するだけだ。
皆で食前の祈りを捧げ、「「「「頂きまーす!」」」」と大喜びでごちそうに飛びついた。
食事の供に、果汁を絞ったジュースも振る舞う。甘くて冷たいジュースに子供達は目を回し、喜んだ。
私はビールとワインを頂く。酒。過去の世界から空間魔法で持ってきたものだけでなく、この大地で春から色々仕込まないとなあ。酒はこういう辺境で暮らすには色々な武器になるものだ。もちろん文化経済的な意味で、あと医学的にも。軍事に使うつもりは無いよ。
肉を焼き、ジュースを注ぎ、色々零したりひっくり返したりする子の世話をしつつ、ちょっとウクレレみたいな楽器を弾いて、過去に聞き集めた歌の中でも簡単な歌を歌った。子供達に手拍子を取らせたり、問いかける様に歌って子供の答えを求めて歌い繋いだりする内に、みんな笑顔になった。勘の良い子は1コーラス目を聴いて、2コーラス目では一緒に歌っている。凄いな。その先頭にいるのがムジカだ。あ、前に教えた和音を使ってコーラスしてる。凄い才能だなあ。
その夜、雪が降り始めた。
子供が増え、奥書院では狭くなり、今は寝室を大広間と食堂の間の長屋に移し、魔物から取れる魔石を使った魔道具で暖を取り、冬の夜は更けてゆく。夜泣きする子をあやすのも、今では年長の子の当番制になっている。ムジカ始め歌が好きな子が歌う子守歌が聞こえる。私が歌っているのを覚えたのだろうか。
魔道具の灯はちょろちょろ、外は吹雪。
*******
豪雪地帯ではないものの、カルデラ即ち盆地でもあるこの魔の森は多少雪が降る。ただ、寒い。盆地は夏に湿った冷気が外輪山で閉ざされ熱く、冬は暖気が上昇してしまい冷たい空気が淀む。
この魔の森で主食となる麦は冬に植え、育てている。故郷の日本でも冬作は結構行われていた。春先に収穫し、その後は大豆を植える。春から夏は土地面積当たりの収穫量の多い米を育てる事にした。冬の厳しさはあるものの、労力を均等化しリスク分散するために、このローテーションを行う事にした。
冬の間の農作業は麦踏、麦畑の間伐程度なので、子供達は晴れた日の農作業以外は外に出ない。御殿の中は暖房はバッチリだ。冬の間は、子供達に遊びを交えつつ、読み書きや体育、音楽、図工を教えよう。冬の学校の始まりだ。
過去の世界で書いて刷った教材をこの世界の言語や語彙、社会習慣に翻訳する。絵本、図鑑、双六、かるた、積み木…春先までの約3ケ月間飽きさせず、テストなどで習熟度を確認しつつ、生きてゆくために必要な知識や技術を身につけさせたい。
読み書きの練習の為には紙や鉛筆も必要だ。空間収納の在庫はあるが、ここで生産出来る様にしたい。毎度のことながら、異世界インフラ整備は大変だ。だが、やらなくちゃ。
この世界の基本文字30字を、5歳以上の子は全員習得した。しかし単語を読むのは差が出る。書ける子は少ない。
カルタを使い、30文字を頭文字に持つ動物の歌を作って歌ったり、スペルを憶えさせる。おままごとで、家畜を買いに行くための注文書を書かせて、出来た子には夕食に書けた肉を御馳走する。最初は野菜も覚えさせようとしたが子供受けはイマイチだったなあ、ヤミーだけはがんばったけど。
後に、家畜や野菜の頭文字をあしらった小さい焼き菓子を作ってご褒美にしたら、飛躍的に識字率が上がった。畏るべし食欲。
「おいしー!かわいー!」誰が叫んでるか言うまでもないね。
歌を使ったスペル練習も効果的だった。歌は数字を数えるにも、音階を憶えるのにも、色を憶えるのにも効果抜群だ。
音階の訓練には、カラフルに塗った木琴を作って練習させ、みんなで歌ったりした。まだ平均律(いわゆるドレミと半音階の12音)が無いので、この世界の音階、楽譜を基調に学ぶ。農村で歌われる歌ならみんなに親しみみはあるが、故郷を思い出し、捨てられた思い出を抉る事になりかねずどうするか迷い、結局宗教音楽や、都市部で歌われる板、そして我が日本で歌われていた歌…と言っても明治に入って来た外国曲やそれに影響された抒情歌を色々披露し、人気が高い歌を中心に練習した。
その中に、個人的な趣味の音楽を数曲含ませたのはナイショだ。しかも意外と人気曲になってしまった。どうしよ。
算数は…ここはもうオーパーツ、アラビア数字を使う。この世界で使われるのは我が故郷のローマ数字と同じ、「0」という概念が無いものだ。なので、大きめの四角い板や木片を使い、四則演算の原理を教える。
足し算、引き算は手の指で大体みんな理解できた。掛け算、割り算は得手不得手が分かれたので、計算用の木片と九九の表を作って教えた。
毎日似たような授業では面白くない。元気が有り余っている子もいる。毎朝、勉強の前に手足を動かす「体操」を皆で行う。最初は私が号令を掛けて皆がその動きを真似する、という体裁だった。
しかし。「歌か音楽にあわせて体を動かしたら、覚え易くて楽しいと思うの!」という意見を貰った。ムジカ。いち早く歌を憶えて、子守歌もお祝いの歌も、宗教音楽も、乾き切った布が水を吸う様に覚えて歌い、楽器で再現しようと頑張っている音楽少女だ。有難い。私は国民の健康を維持した名曲「ナントカ体操」を楽譜に書いて、ムジカに演奏を頼み、演奏に合わせて体を動かし、号令を掛けた。よし、行ける。
体操だけでは元気なエナジーを抑えきれない少年軍団には、雪で外に出られない分、まだ使っていない大広間で暴れてもらう。基本はマット運動。前転とか後転とか飛び込み回転、跳び箱など。そして玄関から大広間までの徒競走。
しかも上位者にはお菓子の賞品付き。
競争にはは年齢差があるので、ハンデを付けたが、大抵年上のダンが勝つ。
しかし彼はしっかりしたもので、お菓子のケーキを貰っても、男の子で分けて食べて、負けた子に「お前も頑張ったよな!でも次も負けねえぞ!」と励ます。将来のアニキ分だ。
女の子もがんばって走る。なにせお菓子が懸っているのだ。しかし念願のお菓子を手にした女の子達もダンを見てしまうと、やっぱり分けるのが流儀かとみんなそれに倣う。
笑顔でみんなとお菓子を食べているダンを遠めに見ている女の子達の顔が赤い。微笑ましくも何かモヤるぜ。
*******
雪の降りしきる中。
「ちょっと魔物が来たんでやっつけてくるぞ」またも西から魔物が来た。
「俺も行く!魔導士様!クロスボウを撃たせてくれ!」
ダンが真剣な眼差しで私に頼む。
「なんで?」
「なんでって…そりゃ俺も皆の為に働きたいから!」
「ダン!やめて!」ステラが青い顔で叫ぶ。
「あんたまだ7つよ!魔物退治なんて出来る訳ないじゃない!」
「姉ちゃん!ヤミーだってみんなのためにご飯作ってるし、姉ちゃんだって小っちゃい子の母ちゃんの替りしてるじゃねえか!俺は何にもしてねえんだ!」
「ダン、あなたまだ子供なのよ?それでいいのよ」
「よくねえ!!」
暫くの沈黙のうちに、9歳の男子、アグリが「オレもやっつける!」コマッツァも「皆をまもるんだ!」とこっちに来た。
「よし。ダン、アグリ、コマッツァ、私と一緒に来い。この城は私達、自らの手で守るんだ!」脳裏にシューマンのピアノコンツェルト作品24イ短調が聞こえた。
「ステラ、外へ出ない様に女の子を纏めてくれ。ミッシや小さい子達の世話もしっかり頼むよ」
三之丸坤(ひつじさる=西南)櫓の二層目から、雪の降る向こうに森から出て来た巨大な角熊が3頭迫って来た。クロスボウに弓を装填し、狙いをつける。
「ダン、これが照星だ。手前の照門の凹みに合わせて撃つんだ。売ったら反動で弓がグっと押してくるから、体を強張らせて反動に耐えろ。いいな?」
「わ…わかった!」ダンは私に抱えられ、慎重に大型クロスボウを構える。
「落ち着け。確実に捕らえろ」
「うん。ちょっと右だ」ダンの言う通りクロスボウの俯角を調整する。雪が視界の邪魔をするが、黒い塊を見逃さない。
「今だ!撃つぞ!」「撃て!」
撃鉄にダンの力がこもり、ビュオっと鋭い音と共に巨大な矢が放たれる。その直後、激しい衝撃が私達を後ろに叩きつけた。
「すぐに次を装填しろ!」「はい!」何回か私が撃つのを見ていたのか、ダンは魔石の入ったハンドルを回し弦を弾き戻し連射式の矢棚から次弾を装填し、再び構える。
放たれた矢は角熊の首を刎ねていた。左右の角熊が櫓目掛けて突進した。
「狙いよし!」「撃て!」次弾を放ち、「次弾装填!」と叫び再び装填する。二発目も命中。
「左!あっ!間に合わない!」「諦めるな!どてっぱらに打ち込んでやれ!」ダンの肩に手を置いた。もう角熊は櫓に登って来た。至近距離だ、計算は要らない。ダンは目前の敵に冷静に照準を合わせる。
「よし、よし・・狙いよし!」「今夜は熊鍋だ!撃て!」撃鉄に力が籠る!
図体に巨大な矢を受けた角熊は堀に沈んだ。
ダンの体は汗でびっしょりだった。
「やったな、ダン!」しばらく茫然としたダン。
「う…」
「どうした?」頭を撫でる。
「うわああ~!」彼は泣き叫んで私にしがみ付いた。
周りで見ていたアグリもコマッツアも泣きだした。
*******
台所の外に巨大な角熊三頭を積み重ね、「ダンがやっつけたんだぞ!」とみんなに知らせる。
「「「うわー!!」」」「「「すごい!」」」女の子たちが叫ぶ。
ミッシを抱えたステラも「ダン、本当にやったんだ」と、誇らしげに褒める。ダンは、意外にも顔を強張らせ、頷くだけだった。
戦いは、勝つことすら恐ろしいという事を知った者の姿である。
その晩は肉鍋をみんなで満喫した。ちょっとダンの顔がニコニコした。よかった。
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